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ヴァイオリンの渦巻き


副題  「Antonio STRADIVARIや300年前のクレモナの名匠たちの渦巻きの再現」


 

  多くの方から拙稿「ヴァイオリンの渦巻き」を早く上梓しないのかと言う御所望を頂いておりますが、流通や価格面で大手出版社からの刊行を模索してすでに10年以上が経ってしまいました。

電子書籍等も検討したのですが、やはり図版が多く、じっくりと紙と言う媒体を眺める必要が有ると思い、自費出版を含めて保留と言う形を取って来ました。

 この様な中で、出版社からの刊行は採算の面で無理であると思い、拙稿の2章から作図法の記述を、このページで公開する事に致しました。
 (尚、拙著をインターネット用のHTM形式に書き換えた事及び補足の為に見苦しい部分も在りますが、ご容赦ください)


 ヴァイオリンの渦巻きの作図法を理解する事は、ヴァイオリン製作者にとって重要な事であると思っていましたが、ほとんどの製作者にとって、「古い楽器の写真からの模作が総てである」と言うことに気付き、落胆したと言うのが本音です。

現代のヴァイオリン製作者は、模作の為に古い楽器の原寸大の写真集には興味があるが、根底にある作図法を述べた拙著にはそれほど興味が無いと言うのが現実であると思いました。

そして、この模作の為に、古いヴァイオリンの写真集の出版は、他分野の楽器の写真集の数から考えると、贋作の権威付けも兼ねて、異常なほどの数に上っております。

勿論、ヴァイオリンの特殊性、即ち西洋音楽が世界の音楽界をドミネェーションする中で、オーケストラでの主要楽器としての地位や独奏楽器として擦弦である事による音量の優位性、フィレットの無い事による表現力の豊かさ、大きさや重量に関しての携帯性の良さ、構造上のシンプルさ、高い修復性による高額な楽器の存在なども一つの理由ではありますが、、。


 製作者にとって、模作が最優先であり、購入者も名匠の何年作の模作であると言う製作者の謳い文句に酔って来た事が、真のヴァイオリン製作の発展を阻害して来た、いや、阻害ではなく逆流かもしれません。

現代の製作者がヴァイオリンの基本は300年前に完結しまっていると謳歌する事で模作が総てあると思い込み、製作の根底に流れるヴァイオリンの素晴らしさを見失って来た観があると思われます。


 ある製作者が、17、18世紀のクレモナの巨匠である、アンドレア・アマティやアントニオ・ストラディヴァリ、バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ(通称 Guarneri del Jesu) のヴァイオリンの渦巻きの作図法を理解したからと言って、過去の原寸写真からの模作だけに満足する製作者の渦巻きとの間に、表面的な違いは出ません。

しかし、私は、渦巻きの作図法を理解する事で、その内面に隠された意匠を表現できるようになると考えています。



 表面的な手法に関して、よく言われる事ですが、バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリの渦巻きは、荒く四角張っていると



四角張った渦巻き 「Lo Stauffer 1734」





また、F孔も荒く、下のラインは角張ばっているとよく言われる。



 グァルネリ デル ジェスの角を持つf孔 「Il Cannone 1742」
   

                      
多くの製作者や研究者は、彼の性格から来る荒さであり、技術的に未熟と捉えている。

だが、そうであろうか?
あなたがヴァイオリンを愛する人で、このページの記述を読み終わったなら、バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリの渦巻きの虜になるであろう。

そして、またこのページの記述の中で、アントニオ・ストラディヴァリの意匠の多様性に驚かされると思う。





   1章



 1章は本著の主題でもある、「何故、17、18世紀のクレモナの巨匠たちのバロック ヴァイオリンには顔ではなく渦巻きのみが付くのか?」と言う論題である。

現代は、ほとんど渦巻きに取替えられているが、同時代のドイツや他の国の製作者の楽器には、ガンバと同じく、人や動物の顔を付けた物が沢山あった。
いや、渦巻きより顔等の彫刻のほうが、クレモナ以外では一般的であったと言った方が正しいかもしれない。



目隠した女神(写真はキューピットを基にしていると思われるが)の彫刻が付くヴィオラ ダ アモーレ(DOROTHEUM  カタログ 28/10/2009より)
尚、目隠しは、幸運の女神が人を見て選ばないと言う公平さを表す
だから、イタリアでは、エナ ロットや宝くじの象徴となる





クレモナ以外では動物の顔を付けたバロック ヴァイオリンが多く存在した (DOROTHEUM カタログ 13/12/2011より)





 アントニオ・ストラディヴァリに関して言えば、彼は携帯用27弦ハープを作り、彫刻もストラディヴァリの手によるとされている。
何故ならば、彼はヴァイオリン製作者になる前に彫刻の仕事に携わっていたとされるからである。



ストラディヴァリの携帯用27弦ハープ、彫刻もストラディヴァリの手によるとされる
ナポリ音楽院蔵



これだけの彫刻の技量が有りながら、彼の作品には、人や動物の顔を付けたバロック ヴァイオリンは一つも無い。
いや、私の知る限り、クレモナの同時代の巨匠の楽器にも人や動物の顔を付けたバロック ヴァイオリンは無いと思われる。

この事に関しては、拙稿「ヴァイオリンの渦巻き」の中の主題であるが、後日の説明に回すとして、
 ここでは、拙稿の2章から実践的な渦巻きの作図法に絞って、書いてみたい。 



   2章



(1)渦巻きとは

 渦巻きの形は、自然界にしばしば見出す事ができる。それは、巻貝やモウセン苔などである。

        


 これらの渦巻きを図案化して装飾模様として取り入れる事は、平行な直線が図案の基本であったエジプトの流れをひく初期の古代ギリシア文明に、イオニア人または中部イタリアに住んだエトルリア人によってもたらされた、東方の“魔除けの目”と雷文(注1)の融合したものとして、紀元前8世紀ごろから行なわれたと思われる。

                     

目のデザインが付くギリシアのキュリクス     現代の中国碗にも見る事ができる、三千年以上もの歴史を持つ雷文

   注1 雷文(らいもん) 矩形の渦巻き模様や稲妻形の連続した装飾模様



 そして、この渦巻きのデザインは、古代ローマ人へと受け継がれて行く。この継承により、渦巻きは、古代ローマの遺跡フォロ ローマノのサトゥルノの神殿にある8本の柱頭や、ティヴォリのエステ家の別荘などにも見られる。

    

             


 またクレモナの町の古い建築物にもよく見る事ができる。 1077年に建造が始まったサンタガタ教会は、1800年代に作られたギリシア様式のファサードを持ち、柱頭には左右対称な渦巻きの装飾が見られる。   

    




同じくクレモナのスタンガ ロッシの宮殿は美しい渦巻きで飾られた階段を持つ。

    

 



 そして、多くのヴァイオリン関連のホームページや著作の中で、ヴァイオリンの渦巻きは、紀元前からの古典的何々様式の継承とか、自然界の美しさを反映しているとか、完璧な幾何学曲線を持つとか、作図法を述べる事なく語られている。

即ち、多くのヴァイオリンの渦巻きを解説する人は、太古から渦巻きと言う図案が存在する為に、これらに関連付けする事でヴァイオリンの渦巻きを説明したがる。

 しかし、ヴァイオリン渦巻きは上記の継承や発想で作られたのではない。

即ち、全く別の発想を以ってして、渦巻きが付けられているのである。 そしてこの発想が、ヴァイオリンの存在意義であり、またその秘密を解く鍵となるのである。


ヴァイオリンは、謎の塊である。  だからこそ、ヴァイオリンを解説する人は、渦巻きにおいても自己陶酔的な薀蓄に酔うことなく、根底に流れる謎を論理的かつ実証的に解明して行く姿勢が必要なのである。



 先にも述べたが、この事に関しては、拙稿「ヴァイオリンと渦巻き」の中の主題であり、かなりの説明が必要なので、後日説明したい。   




  (2)色々な渦巻き

 渦巻きを幾何学的に考えると、回転角に比例して中心からの距離を増やしていくアルキメデス(前二八七頃~前二一二頃)の渦巻き、極関数r=b×exp(-a×u)の渦巻き、黄金比による渦巻き等が考えられる。アルキメデスの渦巻きは、等間隔で広がる渦巻きであり、極関数r=b×exp(-a×u)の渦巻き、黄金比による渦巻きは、巻貝などに見られるような増加して広がる渦巻きである。
                    図 2-2-1

                   

   アルキメデスの渦巻き(一周目以降は等間隔で広がる)    極関数r=b×exp(-a×u)の渦巻き(間隔が増加して広がる)

   これらの渦巻きは、多くの点を求める事で完全で非常に美しい物となるが、この時代の職人である弦楽器製作者が、一つの意匠を持って作図するには、難し過ぎたと思われる。


 そこで考えられるのは、紐と丸棒による物である。この方法は、ヴィニョラの渦巻きとして、イタリアでは、広く知られている。
                    図 2-2-2



     ヴィニョラの渦巻き   


    ヴィニョラの渦巻き(始点A、目を点B、三周の渦巻き)の描き方を簡単に述べる。
     (但し、ここでは紐の太さを無視して考える)

  ① 紙を安定させるのために、薄い板に巻く。

  ② 目となる円の中心Bの位置にL字型の金具をおいて、始点Aと点Bの距離を測る。 その距離が60mmであるとすると、三周なので3で割る。(60/3=20 渦と渦との間隔)
                    図 2-2-3



     任意の点A,Bを取る      


  ③20mmを3.14(π)で割り、棒の直径を求める(20/3.14=6.369)

  ④紐をつけた約6.4mmの棒を、L字型の金具にしっかりと刺して固定する
                    図 2-2-4





          


  ⑤紐を点Aに向けて引き、シルバーポイント(注2)のような筆記用具を点Aで紐に刺す
                    図 2-2-5



   

           

     注2 銀などの軟らかい金属の先で描く筆記用具、また銀は酸化により黒変するので、はっきりとした線を残す


  ⑥点Aより、紐を棒に巻きつけるようにして渦を描く
                    図 2-2-6


 

 

(実際には、紐の太さを1mmとすると(6.4mm+1mmの半分)×3.14で、1周目までは約21.6mmの等間隔で進む渦巻きとなる)



勿論、紐の巻きつける方向と巻き取る方向を変えれば、右巻きの渦巻きとなる

この手法は、棒の太さの設定と最も外周上の点を始点として巻き取る事で、始めに渦巻きの大きさや巻き数を設定できる利点がある。
また、楕円や卵型の棒を使う事で、渦巻きに変化が付けられる。

 尚、上記の巻き取る方法は私の解釈であり、ヴィニョラの渦巻きとは中心から外側に向かって、ほどいて行く反対の作図法が一般的かも知れない。

金具を直径2mm程度の針金で作り、紐を巻きつける。また上部に向かって螺旋状に巻きつけて置く事により、僅かではあるが等間隔で進む事を回避できる。
 (渦巻きの間隔は、約(2mm+紐の半径0.5mm)×3.14≒6.5mm程度で僅かずつ増加しながら進む事になる)
                    図 2-2-7

 


 イタリアのヴァイオリンの研究者Tullio Pigoli教授は、機関誌「LIUTERIA 5 1982年刊行」 で残念な事にヴァイオリンの渦巻きは、ヴィニョラの渦巻きが用いられているとしている。

そして、サッコーニもTullio Pigoli教授の考え方を踏まえて、著書『ストラディヴァリの秘密』の中で手法に触れる事無くヴァイオリンの渦巻きを述べている。



 しかし、このヴィニョラの渦巻きは、上にずらして巻くようにするか、円錐形の棒を使わない限り、核となる棒の1周目以降は、基本的には等間隔で広がる渦巻きとなる。     

ヴィニョラの渦巻きは、その作図の簡易さの為に建築物の装飾、室内の壁画等にはある程度用いられたと思われる。
だが、ある意匠、即ち、扁平性や、ある方向への動き等を渦巻きの中に入れたい人にとって、紐と棒だけの要素で描くヴィニョラの渦巻きは、中心部の不自然さ(急激な増加)と創作性に限界があると思われる。

このような中で、ヴァイオリンの本体やF孔を、コンパスと線を引くための定規のみで黄金比を使って作図した製作者が、渦巻きにヴィニョラの手法を使うだろうか?

 拙著「ヴァイオリンのF孔」でも書いたように、もっと意匠入れられる、しかも単純で棒などに頼らない方法、即ち90°の円弧を繋げることである。



コンパスと定規による90°の円弧を繋げる渦巻きは、多くの点により求めた極関数の渦巻きやヴィニョラの渦巻きに比べると、不連続であるが、人間の目には違和感のない物と成り得るのである。
                    図 2-2-8


90°の円弧を繋げた渦巻き



                     

(3) コンパスと定規(線引き)による渦巻き

 コンパスと定規による渦巻きも、17世紀のフランスの百科事典にも出てくるように、昔からの一般的手法である。
また、これは角棒による外に向かって描くヴィニョラの渦巻きとして考える事もできる。



 そこでコンパスと定規による、目(中心となる円)を決めてから外に向かう渦巻きを描いてみる。

任意の点Oを取り、点Oを中心として、目となる円(ここでは半径を6mmと仮定する、勿論6mmでは実際の作図では小さすぎるので拡大して描くことになるが)を描き、点Oを通る水平な線を引き、円との交点をP,Qとする。次に中心Oを底辺の中点とする、一辺が半径(r)の長さの正方形IJKLを描く。
                    図 2-3-1



 

正方形IJKLの中に相似図形を描きやすくする為に、点J,Kと中心Oを結ぶ線分JO,KOを引く。
                    図 2-3-2

 



先の正方形IJKLの底辺を、6等分し点H,D,A,Eとする。各点H,D,A,Eより垂線を線分JO,KOまで引き、交点をG,C,B,Fとする。                      
即ち、外側の大きい正方形IJKLの中に、底辺が同じ線分上の小さい正方形EFGH,正方形ABCDを描く事になる。
                    図 2-3-3

 

尚、この作図の素晴らしい一つの点として、底辺の6等分が、計測や計算なしでできることである。
    線分LJを引き、交点をCとする
                    図 2-3-2a

 

先の交点より、中心Oまでの半径の円弧を描き、線分KOとの交点をGとする
                    図 2-3-2b

 

または、点Gを求めるのにコンパスを使わないのならば、線分KJの中点mから点Pまでの線分を引く事で求められる
                    図 2-3-2c

 

各垂線が線分LOを3等分する。
(三角形LOCと三角形JKCが1:2の相似図形により点Cは線分KOを1:2に分ける事より)
                    図 2-3-2d

 


  ところで、少し横道に逸れるのですが、


「ヴァイオリンの横板の高さ」のページでヴィオラの横板の高さに関して「但しヴィオラは1/12、これは腕尺を12等分した長さ、即ち12進法の下の単位であるONCIAであり、腕尺の定規にも刻まれていたと思われる」と書きましたが、1腕尺を半折にして行く方法からは12等分は求められません。

では、12等分であるONCIAの目盛りのある腕尺の定規は、直線を引くだけの定規のみを使ってどの様に求められたのか?
  「484mm÷12≒40.33333で良いのではないか」とは思わないで欲しい。 第一、メートル法は1799年フランスでの制定であり、メートルと言う概念自体この時代には存在していなかった。



始めに、1腕尺を半折した長さの型紙を作る。

 


 



1腕尺より長い線を引き、大体の中点をAとし、中点Aの左右に、先の半折した長さを取る

 





次に、上部に平行線を引く、間隔は任意でよい、但しあまり近いと作図し辛いので約1腕尺位にする
 尚、この平行線は、折り紙の様に上下、左右の2回折にして、針を刺す事で求めても良いと思う
 

 

勿論、この手法は、まず上下に半折し、この折線を平行線の二等分線として、同様に左右に折り、折線を中点Aとすれば、より簡単に出来る

 


 



上部の平行線の大体な中点をBとし、中点Bの左右に、先の半折した長さを取る

 





中点Aと中点Bを結ぶ線分を引き、端を結ぶ線及び対角線を引く

 

平行線の二等分線を求め 6,3,4と取る

 


 

3と4の間隔をコンパスでとり、等分する手もあるが、ここでは誤差を集積させない定規のみでと言う観点から、直線を引くだけの定規のみで求める。

2,1を取る

 

5を取る

 

この様にして、直線を引くだけの定規のみで、1腕尺を12等分できる。

 この作図に何の意味が在るか?
計測や計算によらないで、直線を引くだけの定規のみで出来ると言う幾何の面白さであり、ヴァイオリンの形の総ては、いやヴァイオリンの形の基となる1腕尺の12等分でさえ、数値に頼っているわけではないと言う事を理解してもらいたかった。
「484mm÷12≒40.3333333333..」の12等分で各点を求めたの方が、早いし合理的と思うだろうが、循環小数1/3は数値を持ってして真の作図はできないのである。
参考 「ヴァイオリンの中の正十角形」のページの8番


   話を戻そう!

点Aより、点Pまでの半径の円弧を、点Aの垂直線上の位置まで描き交点をA'とする。
 (この円弧の半径は、6+1=7mmとなる)
                    図 2-3-4

 

点Bより、点A'までの半径の円弧を、点Bの水平線上の位置まで描き交点をB'とする。
 (この円弧の半径は、6+1+2=9mmとなる)
                    図 2-3-5

 



点Cより、点B'までの半径の円弧を、点Cの垂直線上の位置まで描き交点をC'とする
 (この円弧の半径は、6+1+2+2=11mmとなる)(図は、先の図を0.7倍に縮小)
                    図 2-3-6

 



同様に、点D、EFGH、IJKLと渦を描いてゆく。
   (図は、先の図を0.17倍に縮小)
                    図 2-3-7

  この図からも解る様に、各円弧の最上点C'、G’、K’は、1mmずつ左にずれ、最下点A'、E’、I’は、 1mmずつ右にずれる。最右点B’、F’、J’は、2mmずつ上にずれ最左点D’、H’、L’は同一な水平線上にある。



90°右に回転させた図
                    図 2-3-7bisA 

 

135°右に回転させG’、H’から変則(赤、青)させた図
癖が無く、柔らかいアマティ風なヴァイオリンの渦巻きとしても使えそうだ
                    図 2-3-7bisB  

 



 拙著「ヴァイオリンのF孔」にあるように、F孔の作図では、45度(π/4ラジアン)で円弧を描いている。
渦巻きも、より小さい角度で作図する事により、滑らかで美しい物となるが、意匠を入れ易いという点では、一円弧を90度で描く事が妥当と思われる。(製作者によっては、基本的な作図を45度でしたと思われる渦巻きもある)


 それでは、完全な意味で螺旋ではない90度の円弧の結合が、意匠を入れ易いとは、どのような意味であるか考えてみる。

それは、核を単純な正方形または、矩形で取れるということである。

即ち、隣り合う円弧の中心が直角で進む事である。このために、矩形の形、角度(矩形でなく描き上がった渦巻きを回転したと考えてもよい)、中点の取り方、内部の矩形を取る時の比率などの色々な要素により、簡単に渦巻きに意匠を組み込むことができるのである。





   ① ある比率の核となる矩形の中に、目となる円弧の中心を入れた渦巻きの作図
     (ヴァイオリンの渦巻きに近い約2周の作図)

 直径を1とする目(円弧)の中に内接する正十角形の1辺(0.309)の長さの正方形EFGHを中心から黄金比(1:1.618)で、右下にずらして描き、中心を通る垂線との交点をP、Qとする。
                    図 2-3-8

 

尚、一見、上記の作図は必然性がなく煩雑に観えるが、この核となる正方形は、楽器本体や頭部の各寸法を求めた時に使用した円に内接する正十角形より簡単に求められる。
 (線分OB0.167を1.618倍した延長線上の点Fより、即ち円心Oより0.270の点である)

また、上の括弧内の様に捕らえると、円心Oの回りに一辺が0.309÷2.618=0.118の正方形を4つ描き、右下の正方形の対角線を右下に1.618倍した正方形とも考えられる。
 (値0.118の素晴らしさは、後に説明)
                    図 2-3-9

 
実践的に、この一辺が0.118×2の正方形を描くのは簡単である。  円の上下、左右から正十角形の1辺の二倍、即ち黄金比0.618を取れば描ける。
                    図 2-3-9bis1

 
そして、より素晴らしい事に、右下にずらした一辺が0.309の正方形は、円の下と右から正十角形の1辺0.309を取る事で描ける。
即ち、正十角形の1辺0.309のみを使って円の下と右から2回取れば、描けてしまうのである。
                    図 2-3-9bis2

 

 また、下図の右に覚えが無いだろうか?
ニコラ アマティが署名時の文章の中に使っている。

素晴らしい事に、この二等辺三角形の高さは1-0.309×2=1-0.618で、0.382である。
底辺は0.118×2=0.236、即ち二等辺三角形の高さと底辺は1:0.618で黄金比なのだ!!

  注!  図が小さい為に内接正五角形の一辺を底辺とする三角形の線分より求めた様に見えるが、
この線分は、実際には底辺の0.236よりも、間隔が0.249で僅かに外側であり、上記の二等辺三角形の一辺を表す赤い線分とは別で、0.236の正方形には接していない。 また、点Fは内小円より僅かに外の位置にある。
                   図 2-3-9bisA



二つの線分の僅かな違いを図示してみる。

内接正五角の一辺を底辺(黒)とする二等辺三角形の辺の長さは、0.951であり、
上図の三角形は、底辺(赤)を内接正五角の一辺とした時に、高さが0.951となる二等辺三角形である。

 即ち、0.9045は内接正五角形の高さであり、0.951は内接正五角形の対角線である。  
対角線0.951は内接正五角の一辺(黒い底辺)0.5877と底辺:2等辺の数値上で黄金比であり、赤い底辺0.5877と円の最上部までは、縦横比である底辺:高さで黄金比の二等辺三角形となる。 
この二つ値は、重要な意味を持つ!
(計算の精度上、内接正五角の一辺を0.5877とした)
                   図 2-3-9bisB

このデザインを、使ってくれる会社は無いだろうか??
                   図 2-3-9bisC




点F,Hを結ぶ線分をf、点G,Pを結ぶ線分をgとする。

                    図 2-3-10


 

線分HEを2:0.618(1:0.309 正十角形の1辺)で分ける点(簡単には、点Hから円心Oを通る水平線までの長さを下に取れば良い)をAとし、点Aから水平線を線分fまで引き、交点をBとする。
                    図 2-3-11


 

交点Bより垂直な線を線分gまで引き、交点をCとする。点Cより水平な線を、線分HEまで引き、交点をDとする。
                    図 2-3-12

 

また、この作図の比率に注目して欲しい。

  FG:OP=0.309:0.309×0.618=1:0.618


  OP:BC=0.309×0.618:OP×0.618=1:0.618


  GH:FP=0.309:0.309×0.618=1:0.618


  FP:CO=0.309×0.618:FP×0.618=1:0.618


  CO:BK=0.309×0.618×0.618:CO×0.618=1:0.618

 総て、二つの相似三角形の相対する辺の比は黄金比である。 即ち相似比は黄金比である
また、二つの相似三角形の面積の比は1:0.382である。
(0.382も非常に大切な数字である   拙作ヴィデオクリップ   黄金分割および正五角形、正十角形 )







このようにして作図した核により、渦巻きを描いて行く。
線AOの延長線と円の交点を始点とし、点Aを中心とする円弧を点Aの水平の位置まで描き点A’とする。
                      図 2-3-13 


 


参考までに、半径のAA’を求めてみる  線分ADは0.118(0.309÷2.618) よって線分AOは0.167(ピタゴラスの定理) 半径AA’はAO+0.5で約0.667(直径の2/3)。

 また、点Aの位置に関して、既に気付いた方もいらっしゃると思うが、
   円の最上点から点Aまでの長さは、0.5+0.118=0.618
   円の最右点から点Aまでの長さは、0.5+0.118=0.618
   円の最下点から点Aまでの長さは、0.5-0.118=0.382


                    図 2-3-13bisA

 

                    図 2-3-13bisB

 


                    図 2-3-13bisC

 

上下反転しているが、本体からは上部コーナー部における縦横のカーブの中心及びF孔下部円孔の中心と指板の位置のみで先の正方形が描ける。
                    図 2-3-13bisD

 
渦巻きの始点でさえも、F孔の下の円孔と同じく黄金分割が隠れている。


また、上記の図 2-3-13等の線分HQや線分ADの長さ0.118は、指板の下幅、F孔の上部円孔の間隔、駒の足幅、尾止め板の幅、そして渦巻きの横幅に使われている。



 

F孔の上部円孔の間隔を求めた式 
   胴長×0.309×(1-0.309×2)=
   胴長×0.309×0.382=
   胴長×0.118
を思い出して欲しい!!


 参照
ヴァイオリンの頭部に隠された黄金比




同様に、点Bを中心として点A’より、点Bの垂直の位置まで描く。
                    図 2-3-14 

 



点C,D,E,F,Gと描いて行く。 (図は0.5倍に縮小)
                    図 2-3-15                  

 



 次に、最終円弧を描く。この円弧からは、弧が大きいのでf孔の最下点(注2)を求めた時のように約π/4ラジアン(45度)で描く。
中心は先の核となる正方形から外れて、目(円弧)の中に内接する正五角形の1辺の位置まで、線分GHの延長線を引き、交点を中心の点Iとし、点G’より45度の円弧を描く。
最終点I’と中心Iを結ぶ線と目の最も左の接線との交点をJとし、点I’より垂直な位置まで円弧を描く。
                     図 2-3-16                                  

 


 なぜ中心点Jの円弧が渦巻きの最終であるかと言うと、これ以降の円弧は目や核に関係なく、楽器の全長との関係で、点Jの次の中心が求められる事による。(点E’から最左点までの長さは全長×0.309×0.475×0.382)

     注2- 拙著「ヴァイオリンのf孔」65ページ参照



 先の作図の大きさからも解るように、核となる矩形が、込み入るので、実寸よりかなり大きく原図が描かれたと思われる。
そして、数倍大きく描かれた原図が、パンタグラフによる拡大縮小器により、適正な大きさに書き換えられたと思われる。
                    図 2-3-17


17世紀のパンタグラフの図



 ヴァイオリンの頭部の渦巻きを作図する時は、1章でも述べたように、E’G’の距離を、楽器の全長に、0.309、0.475、0.618を掛け合わせた長さになるように、大きく描かれた原図から縮小することになる。

 また、著名な製作者の渦巻きに合わせて見るときは、G’の円弧は磨り減っているので、1つ中の円弧、即ち、E’C’の長さに合わせて、原図から縮小することで、より適正な渦巻きが得られる。
                    図 2-3-18                


基準点の取り方



 実寸の名匠の写真と比較して、先の渦巻きを見てみる。

ニコラ アマティはこの作図を基本としたように思われる。
                    図 2-3-19

  
                       ニコラ アマティ Hammerle 1658


線分GHが僅かに下の位置であるかと思われるが、アマティ一族のデザインの美しさが現れている。

各円弧の最左点、最下点、最右点、最上点、即ち異なる円弧の結合点のズレに注目してもらいたい。

  
                       ニコラ アマティ Hammerle 1658




 また、目となる円弧の形状にも、注目してもらいたい。
決して、真円ではなく、面取りの為に、左上半分の1/4円弧は、外側の円弧の影響を受けた異なる曲線である。

  
                       ニコラ アマティ Hammerle 1658






 グァルネリ一族(GUSSEPE GUARNERI)は、非常に忠実にニコラ アマティの教えを守って同様の作図していると思われる。   但し、目が僅かに大きく取られ、渦巻きの始まる位置を少し遅らせて、45度左へ回転させている。

尚、青線の部分はかなり磨り減っていると思われる。

                    図 2-3-20  

  
                       GUSSEPE GUARNERI 1734



この渦巻きの目となる円弧も真円ではなく、左への45度の回転を受け、左の1/4円弧は外側の円弧の影響を受けた異なる曲線である。

                    図 2-3-20bis  

  
                       GUSSEPE GUARNERI 1734




 これらの作図と写真では、かなりずれた部分もあるがクレモナのバロック時代の名匠たちは、作図を忠実に写す事に重きを置いたのではなく、流れ即ち印象を重んじたと思われる。
だから、作図と少しくらい異なっていても拘らなかったと思われる。

模作に拘る現代の製作者は、少しでも原作の雰囲気を出す為に、精度を上げて如何に、そっくりの渦巻きを彫る事が重要だと思っている。
この違いは、作図法を理解して彫った渦巻きと、古作を完全に復元した渦巻きとの差異でもあるように思える。





 また、クレモナのストラディヴァリ博物館には、アントニオ ストラディヴァリがシルバーポイントで紙に描いたとされる渦巻きの図面がある。

この渦巻きは、最終円弧を点Hよりπ/4ラジアン(約45度)で描く事により、半径が短くなり、斜めに扁平した物になっている。

                    図 2-3-21


シルバーポイントで紙に描いたとされる渦巻きの図面





  核の拡大図



この斜め方向への扁平は、下記の方法で一周目から扁平させることで、より調和する。

 点Cを僅かに下にずらし点Cdを取り、この点を通る線分CDに平行な線cdを引き、点Eを僅かに上にずらし点Euを取り、この点を通る線分EFに平行な線euを引く、点Cdを中心として点B’より線cdまで円弧を描く。(赤線)
                    図 2-3-22


  一周目から扁平(違いは僅かである)



 線cuに点Cを下にずらした分を左にずらして点Duを取る。
点Duと点Edを結ぶ線edを円弧の位置まで引く。 点Duを中心として、点C’から線edまで円弧を描きく。
点Euを中心として点D’より、点Euの水平な位置まで円弧を描く。
                    図 2-3-23 



  扁平された渦巻き(赤線)



点Fu、Guも同様に描く。
これにより、一周目から扁平され、一周目の最上点は左にずれ、最下点は右にずれる。

アントニオ ストラディヴァリが好んで使用した、扁平させて斜め方向の動きを出す方法である。


 また、先の作図では、一円弧が90度以上になってしまうので、下記の方法で二円弧による、より美しいく、より扁平した作図をする事ができる。(青線の部)
しかし、下図からも解るように、楽器の渦巻きの大きさにした時には、一円弧での作図との違いは、僅かであるように思われる。

点Duをより左にずらして、点Duを中心として、点C’より約60度の円弧を描き、最終点をDu’とする。
                    図 2-3-24 


  より扁平された渦巻き(青線)



線分duと線edの交点を中心として、点Du’より線edまで円弧を描く。
                     図 2-3-25


  より扁平された渦巻き(青線)




                     図 2-3-26



                             アントニオ ストラディヴァリ 「 Cremonese 1714」


ニコラ アマティから抜け出たアントニオ ストラディヴァリの美しさが現れている。






   ② 核となる矩形を回転した渦巻きの作図 

 作図した物を回転したと考える方が正しいかもしれないが、この技法は、簡単でありながら、非常に異なった印象を与えるもので、グァルネリ一族に始まり、初期にはニコラ アマティの模倣であったアントニオ ストラディヴァリが、アマティ一族の影響から抜け出ようとして愛用した方法であると思われる。
 また、J.B.ガダニーニ(1711-1786)も回転させる事で色々と変化をつけている。
                   図 2-3-27                         


左に約45度回転させて、目を1.1倍に拡大

この作図法は、アントニオ ストラディヴァリのヴィオラや、チェロに良く見られる。



また、彼の多様性の一つとして、反対に右約45度回転させた図
右に約45度回転させる事で、渦巻きの目となる円弧の形状を真円に近づけようと意図したのかもしれない。

                    図 2-3-28 

   
右に約45度回転                STRAD VIOLA 「MEDICEA 1690」

                     



   
右に約45度回転                STRAD VIOLA  「MEDICEA 1690」

                     
矢印で示した曲線部が中に入り込んでいる印象を受ける



 ガダニーニは左に90度回転させているので、渦巻きの大きさを保つために目を大きく取っている。
                    図 2-3-29


 
  



核の拡大図





 私見だが、矢印の部分は、丸鑿の一突きが忘れられているように思われる、、?
                    図 2-3-29bis


 
  

いや、忘れたのではない !!!
必然的に非連続なのである。

 故Francesco BISSOLOTTIや故Gio Batta MORASSIの指導してきた現代のクレモナの製作法からは、理解できないが!

(理由は後日、説明したい   この理由が解れば、伝承なき現代のクレモナの製作法からの脱却の第一歩を踏み出せる)




先にも説明した図であるが、
  グァルネリ一族(GUSSEPE GUARNERI)は、45度左へ回転させているが、渦巻き自体は非常に忠実にニコラ アマティの教えを守って作図していると思われる。
                     図 2-3-20bis  

  
                       GUSSEPE GUARNERI 1734


     
尚、青線の部分はかなり磨り減っていると思われる。
目が僅かに大きく取られ、渦巻きの始まる位置を少し遅らして、45度左へ回転させている。







   ③ 不連続の円弧による渦巻きの作図

グァルネリ デル ジェス(バルトロメオ)が、好んだ方法であり、彼のヴァイオリンのf孔にもよく使用されている。
この方法は、円弧が不連続になり、角が出来で、1つの動きができる。


 まず、円弧が不連続になり、角が出来るとは、どのような事か説明してみたい。

任意の点Pを取り、点Pを中心として任意に半径の約π/2ラジアン(90度)の円弧を描き、円弧の最終点をMとする。
点Mから点Pを通る線mを引き、この線m上に任意の点P1を取り、点P1を中心として点Mより円弧を描く。
                    図 2-3-30


上の二つの円弧は連続しているが、点P1を線mの左側に取ると、二つの円弧は角を持つことになる。
                    図 2-3-31



               グァルネリ デル?ジェスの角を持つf孔 
 
  

                      



 次に渦巻きにおける不連続を考えてみる。

図2-3-1と同様な核をもつ円を描く。  即ち、伝統的な手法上の不連続な渦巻きである。

点Oを通る45度の傾斜を持ち90度で交わる2線を引く。
点Aを通る先の斜線に平行な線aを引く。
点Aより、点Pまでの半径の円弧を、π/4ラジアン(45度)描き最終点をA’とする。
   (図2-3-4では、点Aの垂直線上の位置まで、即ち90度の円弧を描いた)
                    図 2-3-32




点Bを通る先の斜線に平行な線bを引く。
点Bを中心として点A’より、線bまで描き(45度)最終点をB’とする。
                    図 2-3-33


                                 

点Cを通る先の斜線に平行な線cを引く。
点Cを中心として点B’より、線cまで描き(45度)最終点をC’とする。
                    図 2-3-34




点Dを通る先の斜線に平行な線dを引く。
点Dを中心として点C’より、線dまで描き(45度)最終点をD’とする。
                    図 2-3-35




同様に点E,F,G,H,I,J,K,Lと描いて行く。
                    図 2-3-36






180度回転してみると、非常に楽器の渦巻きに近くなる。 但し、不連続で四角形を感じさせる。
                    図 2-3-37                      







 上記の手法と同様な考えの基に、正十角形の核を使って描いた不連続な渦巻きを、グァルネリ デル ジェスの渦巻きと較べて見る。
ただし、この場合は、核になる図形を少し大きく取り、各円弧の半径を大きくする必要がある。

核の1辺の大きさを、内接正十角形の1辺の半分(0.309/2)長さ+半分の黄金比(0.309/2×1.608)の長さで取る。
即ち、内小円に内接する正五角形の底辺の半分+底辺の黄金比(0.309×1.608)である最大幅の半分の長さとなる。 
                   図 2-3-38 






  正方形EFGHが核になる

 先の核を使って、不連続な渦巻きを描いてみる。
点Oを通る45度の傾斜を持ち90度で交わる2線を引く。点Aを通る先の斜線に平行な線aを引く。
点Aより、点Pまでの半径の円弧を線aまで描き、最終点をA’とする。
                    図 2-3-39 






点Bを通る先の斜線に平行な線bを引く。
点Bを中心として点A’より、線bまで描き(45度)最終点をB’とする。
                   図 2-3-40






点Cを通る先の斜線に平行な線cを引く。
点Cを中心として点B’より、線cまで描き(45度)最終点をC’とする。
                    図 2-3-41






同様に点D,E,F,G,H,I,J,K,Lと描いて行く。
                    図 2-3-42






 上記の作図を左に90度回転させ、目を約8.7mmで取って描いた不連続な渦巻きと、
グァルネリ デル ジェスの「Lo Stauffer 1734」を較べて見る。
尚、目の位置は写真から修正している。
                    図 2-3-43



                              「Lo Stauffer 1734」


 内部の1周目は伝統的な流れを出そうとし、角張りは外周のみの様にも思われる。
だが、内部の1周目にも、不連続な点が見出せる。

勿論、彼は下図に合わせて彫るような人間ではなかったので、作図と比較する事自体、無意味と言うかナンセンスなのだが、、。

また、渦巻きの不連続は、彼が貧しかった為か、沢山の丸鑿でカーブに合わせて彫る事を好まなかった為か、3本程度の丸鑿とナイフを使って彫った事によると思われる。




 一部の評論家や製作者によると、グァルネリ デル ジェスの渦巻きや、f孔の角張った不連続の荒々しさは、妻に手伝わせた事によると言う意見もある。
だが、私は、もしも手伝うような妻ならば、もっと綺麗に丁寧に作ったであろうと言う考えである。
往々にして、有能な助手はマエストロの仕事より、綺麗で良い仕事をする。

 また、彼の「 Il Cariplo 1744 」の頭部を正面から見ると、非常に非対称である。



非対称な渦巻き 「Il Cariplo 1744」




これは、頭部を正面から左右の対称を観ながら、左右同時に彫り進める現代製作者にとって、非常に下手である様に映る。

だが、彼はあえて対称に拘らないと言う事の表明として、片側を完全に彫り、そしてその反対側を対称を考える事無く、別の感性で彫ったのである。
勿論、荒く、几帳面とは言いがたい性格であった事は否定できないが、、。

 また、思うに、現代の製作者は、最低でも5,6本の丸鑿をカーブに合わせて渦巻きを彫るが、先にも述べたが彼が貧しかった為か、沢山の丸鑿でカーブに合わせて彫る事を好まなかった為か、最低限の道具で楽器を作る事に生きがいを感じていた為か、3本程度の丸鑿とナイフを使って彫ったと思われる。

私も、無精者の為か、沢山の丸鑿をカーブに合わせて持ち替えるのが面倒で渦巻きを、2本の丸鑿と2本の丸刃の彫刻刀と、鎌倉彫り用に作った薙刀状の小刀で彫っている。

       

(左) 私の使うWOLF社製(オーストリア)のカーブが5番、7番、幅22mmの2本の丸鑿と、宗意の彫刻刀 
勿論、荒削りを含め私のヴァイオリン製作で使う丸鑿はこの2本だけである。 2本で十分足りている。
カーブに合わせ、沢山の丸鑿を使って、渦巻きを彫ると言う発想自体が、現代の製作者の大きな誤認かもしれない!

(右) Pfeil社製(スイス)の鑿のセットと、多くのカーブと幅の丸鑿の種類

通常、彫刻刀は2枚の板で作った合柄、または強度の出る割り木にした割柄に埋め込んで麦漆等で固定し、小刀が切り出しと言われる所以のように、研いで短くなって来たら柄を切り出し行くのであるが、
私は、柄の長さが変わるのが好きでないのと、研ぎで汚れないようにニスか漆等を塗る必要が有り、手の汗を吸わなくなるのが好きでない為に、版画用の朴の木で作った白柄に差し込んで使っている。

朴の木の柄は、50年以上の手油と汗を吸い込んでいる。







1967年、16歳の時に仏師を夢見て、宗意の刃付けが無く、柄も付いていない黒刃を買って仕込んだ彫刻刀

残念ながら、ヴァイオリン製作では、主に、この中の5,6本の彫刻刀しか使わない。
使い込みの度合いで柄の色艶が違う!








Viola 1987  Yoshinori SAKAI
2本の丸鑿と2本の丸刃の彫刻刀だけで彫っている







Cello 1992  Yoshinori SAKAI
Celloも2本の丸鑿と2本の丸刃の彫刻刀だけで彫っている




 現代の製作者の渦巻きが、過去の巨匠の作品に比べて魅力が少ないのは、模作の為に、沢山の丸鑿をカーブに合わせて使うからかもしれない。

多くの製作者は、作業机の前にずらっと沢山の丸鑿を飾っている写真を自慢そうにホームページ等に公表しているが、私は、若い製作者には、沢山のカーブの丸鑿を買ってはいけないと主張している。

確かに、沢山の丸鑿をカーブに合わせて彫る方法は、スムースで綺麗な渦が彫れるが、カーブは製作者が作る物なのである。


 また、この非対称で不連続なカーブを作ると言う考え方は、先のF孔にも現われている。



非対称で不連続なカーブを持つF孔 「Il Cannone 1742」






しかし、初期の彼の作品の中には非常に伝統的、且つ丁寧にじっくり作ったと思われる楽器もかなりある。

だとすると、晩年、生活の為に多作を強いられたと言う要因はあるとしても、彼の渦巻きや、f孔の角張った不連続の荒々しさは、単に手抜きや、未熟さから来るのではなく、

唯一無比 (UNICO=唯一さ、たった一つの物 伊)や、
重心の動き (CONTRAPPOSTO=対置、意識的に強調された不均衡 伊)

から来る躍動感と、調和の取れた非対称から来る温かみを、極限まで求めたが故に、あえて対称を拒否し、現代製作者には理解しがたい極端とも言える非対称を入れたのである。

即ち、破調の美学であり、

固定概念に捕らわれない激しい彼の創造力によるものであると考えられる。

 また、それは、同時代の名匠アントニオ ストラディヴァリへの、彼しか出来ない最大の挑戦であったのかもしれない。



 参照
ストラディヴァリ、グァルネリの死後ヴァイオリンは作られていない 
副題  『ヴァイオリンと能面の中の非対称』




   結び

 幸運な事に、アントニオ ストラディヴァリによる製作の為の図面は数多く残っている。 そして、その中には渦巻きの作図や型もある。しかし、それらは、材料の木に罫描をして転写する為の物であり、私の考える核を使っての作図法を裏付ける物は無い。

また、彼は僅かに差異のある内枠を、数多く残している。 1つの内枠を作るのに、数枚の下図が在ったとすれば、かなりの数が存在していたはずであるが、内枠を作る為の下図は1枚も残っていない。

即ち、ヴァイオリンの本体をはじめ内枠、F孔、F孔の位置決定、渦巻きなど、総て出来上がった形の作図はあっても、その基となるknow-howを示した下図はまったく残されていない。

このように極言すると、F孔の位置決定の為の作図があるではないかと言う反論が聞こえてきそうだが、、。
サッコーニも著書『ストラディヴァリの秘密』の中に載せているが、何故この作図をしたかと言う必要性、またその手法に関しては、図面からの視覚的説明であり、如何にしたかと言う事には言及できていない。

即ち、この作図はF孔の位置決定の為であるが、その根底にあるknow-howを示していない。
だから、300年以上、正しい手法の説明が無いまま、視覚的説明で終わっていたのである。




ストラディヴァリのF孔の位置決定の為の作図   ストラディヴァリ博物館蔵 カタログ番号370

コンパスを使って上下の円孔を取ったのは、一目瞭然だが、何故この作図をしたか、またその円心や半径に関しての求め方が重要であり、残念ながらサッコーニは解けなかった
いや、サッコーニだけではない、多くの不知な製作者や楽器商も、この図の雰囲気に酔って宣伝やマーク等に使っているが、この作図の存在の意義や、その円心や半径の求め方に関しては、まったく理解できていない
(断っておくが、サッコーニを非難しているのではない、彼は資料として素晴らしい著作を残した)
(私の発見も、彼の著作なくしてはありえなかったと思う)


拙著「ヴァイオリンのF孔」では、この作図の意義や手順、そして素晴らしさを解説したが、ストラディヴァリ関係の催し物や展示会には必ずと言ってよいほど、この作図をテーマとして掲げている
ぜひ展示会の主催者や協賛顧問の製作者を探し出して、意義と手順を質問して欲しい、 300年以上解けていなかった秘密であるから、、、





この理由は、主に2つ考えられる。

1つは、晩年のストラディヴァリが、息子たちに手伝わさせていたにも拘らず、手法を示す作図を秘密にして置きたいが為に、暖炉に投げ入れたのかもしれない。
(今はシュレターだが、この時代は暖炉に投げ入るだけで、隠滅が果たせた)

また1つは、親しい人物に素晴らしく幾何に優れた影の数学者(地球外生物?)がいて、彼から出来上がった形の作図のみを伝授されていたのかもしれない。

理由はともあれ、このような中で、私はストラディヴァリの秘密を解きたい一心で、無謀とも思われる発想でストラディヴァリの真の秘密を求めてきた。

しかし、多くの製作者や楽器商にとって、この秘密を解く事はあまり意味を持たない、何故ならばヴァイオリンはすでに完成したものであり、模作を超える物はないと、、。

秘密は解かれた段階で、秘密としての価値が無くなる。
秘密は秘密で在ってこそ、存在価値があるのではないか?

ストラディヴァリは、秘密が秘密で存在し続ける事の価値を知っていたのだ。


地球の反対側からやって来た東洋人の1製作者が、それを求め続けるのは、秘密のまま独占したかったストラディヴァリにとっては迷惑な事かも知れない。

 しかし、今、私はストラディヴァリを想い、秘密を求め続ける気持ちを一休させた時に、紐解いた秘密を少しでも早く公表したいと言う初志に反して、幾つかの拙稿が日の目を見ないまま終わる事が、残念無念だと思わないようになって来た。

秘密を紐解いた人間は、開示する事で起きる総てに、責任を持たなくてはならないのではないか、、。

ストラディヴァリが、多くの下図を暖炉に投げ入れたのと同じように、ヴァイオリンの秘密は永劫、永遠であった方が良いのかもしれない。





 今日は、この辺でやめておこう!
渦巻きを観過ぎて、頭がクルクルして来た。

ある楽器商の方に、この記事を最後まで読み終えるのは、10人に1人位だろうと言われています。

あなたは、その1人です。

正十角形の1辺です。


最後までお読み頂き有難うございました。







    補足  (クレモナの巨匠たちの関係を、時の流れの中で知る為に、、)






製作者関係説明図  拙著「ヴァイオリンと黄金分割」より

尚、この図は、グァルネリ デル ジェスが、アマティ派の継承を示す為に、アマティ派が使用した480mmの短い1腕尺を使用し
胴長を351mm前後で、央C部を長くした関係を示しています
480(1腕尺)×3/4-9(裏板のボタン高さ)=351(胴長)

師弟関係等は著者の独断です  また、枠の長さは生存期間を表しています
グァルネリ デル ジェスの枠は生存期間が短かかった為に苗字が入っていません

また、成人が25歳であった為か、ニコラ アマティはジェロラモ56歳の時の子供であり、
ひ孫のジェロラモ アマティはニコラ53歳の時の子供であリます




 ヴァイオリンの作図法や工作上の秘伝の論理は、アンドレア アマティを祖師としてアマティ一族に始まり、孫のニコラ アマティへと伝授される。
開放的なニコラ アマティは、この家伝とも言える秘技を親族の枠を超え、最愛の愛弟子であった若きアンドレア グァルネリに伝授する。

そして、1698年 アンドレア グァルネリ 75歳の臨終の床で50歳に手の届こうとしているストラディヴァリは、息子たちにあまり慕われなかった為に寂しく息を引き取ろうとしているこの老匠に侍う事で、この秘密を巧妙に聞き出すのではないだろうか。
何故ならば、ストラディヴァリの楽器は、1700年以降、完全にこの秘伝の作図法が生きてくる。

彼もこの正十角形を基にした作図法を40歳の頃(1690年頃)から、ある程度は知っていたと思われるが、アンドレアからの完全な作図法の伝授が、平均寿命が65歳にも届かなかった時代に、50歳を過ぎてから黄金期を迎えるストラディヴァリの秘密かも知れない。

そして、ストラディヴァリは、息子たちに仕事を継がせたにも拘らず、陰険だったのか、息子たちの独立を嫌ったのか、また他の製作者の台頭を恐れたのか、この秘密を伝える事無く墓に持って行く事で終止符を打ってしまう。




クレモナのローマ公園にあるストラディヴァリの墓石のレプリカ  拙著「ヴァイオリンと黄金分割」より

尚、この墓石のレプリカには、484mmの一腕尺の利用が見られる。
この墓石は、ストラディヴァリが生前に没落貴族で財産相続人のFrancesco VILLANIから買い取って削り直した物で、
生年は縁にあった為に消す事無く初代の持ち主の年(1664)を残し、没年は購入年を刻ませた為に、8年も少ない1729年となっている。 



この終止符により、クレモナのヴァイオリン製作は、作図法や製作理論の欠如のまま、過去の巨匠の模作が総てとなり衰退する事になる。

そして、このクレモナの衰退に反して、ミラノ、トリノ等の町がヴァイオリン製作を引き継ぐ事になる。

ただ、これらの引き継いだ町の流派も、僅かな変化を付けているが、基本的にはクレモナの巨匠たちの模作の域を出ていない。

何故ならば、これらの流派の中に、1枚も本体をはじめ内枠、F孔、F孔の位置決定、渦巻きなどの作図法を示した図が無いのである。
勿論、過去のクレモナの巨匠たちも、これらに関して、know-howを示した下図を残してはいないのだが、、。


これはイタリアだけでなく、過去のクレモナの巨匠たち以降、世界中のヴァイオリン製作者が、その基本となる作図法を知る事なく模作によって来た事を意味するのである。

 300年以上もの間、ヴァイオリン製作の基本である作図法が全く発掘、伝承されていない中、私の主張する胴体、内枠、F孔のデザイン、F孔の位置決定、渦巻きなどの作図法が完全であるとは思わないが、クレモナに40年以上も住んでしまった1東洋人の製作者に、何かの力が、何かの意味が在って、この長い空白を埋めさせようとしたのかもしれない。


 





  歪による重心の不均衡(CONTRAPPOST、伊)や、調和の取れた非対称に関しては、拙著「ヴァイオリンのF孔」の導入部『はじめに』のPDFをお読みください。

拙著「ヴァイオリンのF孔」の『はじめに』PDF





  ヴァイオリンの中の調和のある非対称に関しては

ストラディヴァリ、グァルネリの死後 ヴァイオリンは作られていない
副題『ヴァイオリンと能面の中の非対称』

ストラディヴァリは、ヴァイオリンを故意に歪ませた
副題「ヴァイオリンの原点は、ジパングのゆがんだ真珠?」




  また、「現代のクレモナのそれらと全く異なると言うよりも正反対である事」に関しては、

ヴァイオリンを選ぶ時
AMATI や STRADに肩を並べることが出来る楽器の必要条件  


  を参照ください。






  





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ヴァイオリン作りの独り言

ヴァイオリンを選ぶ時

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅰ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅱ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅲ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅳ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅴ




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