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ヴァイオリンの横板の高さ


副題  「ストラディヴァリ(Antonio STRADIVARI)の内枠に見る円弧!」


 

  ここでは、ヴァイオリンの横板の高さと、ストラディヴァリ(Antonio STRADIVARI)の内枠に見る円弧について考えてみたい。


横板の高さ




ストラディヴァリの内枠に見る円弧
横板の高さを示す(ストラディヴァリ博物館蔵)





横板の高さを示す、下部の小円弧はネック側、上部の大円弧はエンドピン側





但し、この記述をお読みになる前に、下記のヴィデオクリップ等をご覧頂く事をお願いいたします。

  拙作ヴィデオクリップ   ストラディヴァリの内枠に見る秘密

  拙作ヴィデオクリップ   ヴァイオリンと正十角形

                ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅱ                

                黄金比は全能  副題 『ストラディヴァリの音響学的試行錯誤』





 初期の段階では、ヴァイオリンの胴の長さ及び横板の高さは、この時代にクレモナで使われていた長さの単位「腕尺=片腕の幅」の3/4と1/16から求めたと思われる。
(腕尺=CUBIT キュービットとも言い、中指の先からひじまでの長さで国や地方で違いがあり、クレモナでは1腕尺=484mmであった 但しストラディヴァリの片腕は、採寸の関係で2mm大きいと思われる)





片腕の3/4がヴァイオリンの胴の長さ  拙著「ヴァイオリンと黄金分割」より
写真の楽器は、ストラディヴァリのヴァイオリン「FIREBIRD 1718」






胴の長さとCUBIT   片腕の3/4がヴァイオリンの胴の長さ  拙著「ヴァイオリンと黄金分割」より
写真の楽器は、ストラディヴァリのセロ「CRISTIANI 1700」
VIOLA は、ストラディヴァリの「MEDICEA 1690」






横板の高さを示す  拙著「ヴァイオリンと黄金分割」より



各寸法の分母は、2、4、8、16と2のn乗で、分子は奇数あることに注目願いたい。
(但しヴィオラは1/12、これは腕尺を12等分した長さ、即ち12進法の下の単位であるONCIAであり、腕尺の定規にも刻まれていたと思われる)


これは、長さを写した紙の半折により、小さい値を求めた事によると思われる。



半折







半折の半折




 この半折の技法には、色紙で折る日本の現代折り紙の元となった公家や武士の作法に用いられた伊勢流、小笠原流、嵯峨流等の「折紙礼法」の影響があったのかもしれない。
勿論、折紙は日本固有の文化ではなく、西欧でもパピルスや羊皮紙のように折り曲げに向かない記録媒体と違い、中国から折り曲げに強い紙が伝わると、記録媒体としただけでなく梱包資材としても、半折する技巧が発達したと思われるのだが、、。
正月に興ずる「かるた」は、16世紀に宣教師によってもたらされた紙が原義のポルトガル語である。イタリア語も同じくCARTAは紙の事である。
この事からも、和紙と洋紙の交易があった事が伺える。


 私は15才の頃、日本画の師匠についた事がある。 その時、和紙の種類の多さと雁皮・楮・三つ叉の靭皮繊維の強さに驚いた。 また、柿渋や漆や桐油 で補強すると防水性や強度が素晴らしく向上する。
私は、木っ端の本山砥石の小口に和紙を巻き、生漆で補強している。 

日本銀行券も、品質の安定の為に手漉きではなく機械漉きではあるが、和紙の技術を使っているので、世界一丈夫で綺麗で、偽札防止にも役立っていると思う。
やはり、日本家屋の和紙による障子や襖の利点は素晴らしい事である。

 イタリア、フィレンツェのZECCHI絵画材料店でも、50年以上前から修復等の分野で、その堅牢性と美しさで高い評価を受けた和紙を販売している。
(現在は品切れらしいが、私の1980年のカタログには載っていた。  フィレンツェと言う観光客が多い立地のせいか取り扱い商品に、50年前と違い、観光要素と言うか、お土産的要素が取り入れられて来た気がする。  創業1977年で歴史は浅いが顔料工場を持つKremer Pigmenteでは、現在も和紙を販売する。)
ZECCHI絵画材料店のページ
Kremer Pigmenteのページ




 ストラディヴァリ(Antonio STRADIVARI 1648?~1737)は、当時、羊皮紙よりは安かったと思うが、それでも高価であった紙を下図や型に非常に多く使っている。

イタリアには、1264年創業の蛍光繊維入りのユーロ紙幣の紙も作る、中部イタリアANCONAの近くに、発祥の都市名を冠したFABRIANOと言う有名な製紙会社がある。
日本にも、FABRIANOの水彩画やデザイン用の紙が輸入されている。
中世西欧において、イタリアは紙の主要な生産地で、FABRIANOも知名度が高かったと思われる。
ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti 1475~1564)やベートーベン(Ludwig van Beethoven 1770~1827) もFABRIANOの紙を使っていたとされる。
拙著「ヴァイオリンのF孔」も、FABRIANOの紙を使っている。
FABRIANOの歴史のページ


 ストラディヴァリもFABRIANOの紙を沢山使っていたかもしれない。

彼は、総てのアイデアを型紙で作っていると言っても過言ではない。
彼の最大の才能は、大きさや折り曲げに制限のあるパピルスや羊皮紙に反して、自由で柔軟な紙を生かした事かもしれない。
そして、ラベルに羊皮紙を使うのが一般的であった時代に、あえて紙を使っているのも、彼が紙を愛した証かも知れない。

楽器の型やケースの金具やハープの型紙も紙で作り、まるで染物師のように装飾のデザインの転写用に、日本の型染めと同じような型紙(ステンシル)も作っている。



ストラディヴァリの息子たちの作とされるヴィオラ ダ アモーレの型紙
1727年の作品なので、父アントニオの指導があったと思われる
ストラディヴァリ博物館蔵







楽器ケースの金具の型紙
切り絵のような左右線対称の型紙を作る為に半折にした事により、中心に折り痕が見られる
ストラディヴァリ博物館蔵





上記の型紙より作られた留め金具の付く、ストラディヴァリ製作の楽器ケース
ストラディヴァリ博物館蔵







1681年の携帯用27弦ハープの型紙
左はハープ本体の型紙で、約96cm×40cm、右は弦の取り付け位置を示す型紙で約70cm×17cm×9cm
紙ゆえの型紙で、パピルスや羊皮紙では、出来なかったと思われる
ストラディヴァリ博物館蔵

現物のハープは、ナポリ音楽院蔵







上記の型紙により作られた携帯用27弦ハープ、彫刻もストラディヴァリの手によるとされる
ナポリ音楽院蔵







装飾楽器のデザインを転写する為の型紙(ステンシル)
ストラディヴァリ博物館蔵



 また、f孔の位置決定の為の作図では、朴やポプラの様な均質な薄板を巻き込んで、現代のパネル張りのように使っている。
横板を紙の上の置いて転写する時、パネル張りしてある為に非常に安定し、コンパスの針もずれる事がない。




f孔の位置決定の為の、薄板を巻き込んで現代のパネル張りのように使った型紙









ストラディヴァリは、半折する事が好きで、折り目を中心線としている
半折した紙を蝋燭の光りで透かして見る事で、左右の歪みを確認できる



横道に逸れてしまったが話を戻そう!



 この半折の手法は、分数ヴァイオリンの大きさを求める時にも使われていたと思われる。

分数ヴァイオリンの大きさに関して、ある著名なドイツのマイスター資格を持つ日本人製作者のホームページでは、
それは「呼び方(言葉)」から派生したという考えです。英語やドイツ語などでは(イタリア語は知りませんが)、ごく普通に1/2、3/4、1/4という言葉が使われます。これは数学的な意味合いではなく、大まかな分量的な意味合いでも用いられます。 ヴァイオリンは最初、大人用の楽器(フルサイズ)が作られたはずです。そして次に子供用の小さな楽器を作ったときに、その呼び方を「小さい楽器」という意味で、「1/2」と呼んだのではないでしょうか』と主張しているが、、、。

7/8、3/4、5/8、1/2、3/8、1/4、1/16、1/32等の分数ヴァイオリンの分母は、ある型紙を使って、半折を繰り返した事により2、4、8、16、32と2のn乗で、分子は奇数であり、これら分数ヴァイオリンの係数は、胴長比や面積比(平方)や体積比(立方)でもなく、平方根の平方根である。

 即ち、半折を繰り返した、ある型紙とは、y=sqr(sqrx)の図である。


ヴァイオリン作りの独り言   28 分数楽器と数学者を参照
分数楽器と数学者

また、下記の拙作WINDOWS用プログラムも参考にしてください。
分数を入力して、4/4の楽器の長さに対しての、数値を求めるプログラムです


分数ヴァイオリンの係数を求めるのに電卓のない時代、平方に開くと言う事は楽器製作者にとって簡単な事ではなく、これは、この時代の数学者〈建築家でもある)によって作られた下図のy=sqr(sqrx)のグラフ、即ち平方根の平方根のy=1、即ち4/4のヴァイオリンのフルサイズまでの図の紙を、折り紙の様に半折して求めたのではないかと思われる。





分数ヴァイオリン1/2の係数は0.84、1/2は面積や体積でもない、この平方根の平方根の型紙から半折で求めた
尚、参考までにy=2のxの値は16、y=3のxの値は81である



 幸運な事に、現代人は100円で電卓が手に入れられる。

では、私の考えた電卓の√ルートキーを使った非常に簡単な分数ヴァイオリンの係数の求め方をご紹介しよう。





電卓のルートキー



  はじめに分数ヴァイオリン1/2の係数を求めてみよう。

   まず電卓に1÷2と入力して0.5を求め、

   そのまま√ルートキーを押すと0.70710と出る。

   そのまま、また√ルートキーを押すと0.8408と出る。

即ち、√ルートキーを2回続けて押せば良いのである!!。

4/4のヴァイオリンの全長を356mmとすると、分数ヴァイオリン1/2の長さは 0.8408×356=299.3mmと求められる。



 では、参考にクレモナのもっとも一般的なヴァイオリンの数値表に掲載された分数ヴァイオリンの胴長と、私の計算値を比較してみたい。 
     数値表の値     私の計算値(小数点以下切捨て)
 4/4     356
 7/8     343         344 (係数 0.967)    
 3/4     330         331 (係数 0.930)
 5/8     315         316 (係数 0.889)
 1/2     300         299 (係数 0.840)
 3/8     284         278 (係数 0.782)     
 1/4     267         251 (係数 0.707)

小さい楽器になるほど、y=sqr(sqrx)のグラフのカーブが急になるで、誤差も大きくなると思われる。

多くの製作者は、分数ヴァイオリンの寸法表を大事に秘蔵しているが、要らないのである。





  話を戻そう !



 上記のような固定した胴の長さ及び横板の高さではなく、クレモナの名匠たち、とりわけストラディヴァリは、多様なピッチを考慮した上で胴長を僅かに変えて、より良い音を出すために試行錯誤をしている。

黄金比は全能  副題 『ストラディヴァリの音響学的試行錯誤』

 そして、『ヴァイオリンの総ての寸法は、胴長から黄金比で簡単に求められなくてはならない』と言う観点から横板の高さも胴長の伸縮に連動して、僅かながらであるが増減する事になる。

では、どの様にして横板の高さを胴長から黄金比で求めたのであろうか?

先ず、もう一度、下図を見てもらいたい。





横板の高さを示す、下部の小円弧はネック側、上部の大円弧はエンドピン側



これらの寸法は、円弧である事から、ある作図からコンパス(デバイダー)で写し求めた事が解る。



ストラディヴァリの使用したコンパス(ストラディヴァリ博物館蔵)




 では、拙作ヴィデオクリップ  ヴァイオリンと正十角形 のF孔の下部円孔の大きさを求めた図を使って考えてみよう。




F孔の下部円孔の大きさを求めた図

線分EFの長さを点Aから取った最下部と中心点Pまでの長さがF孔の下部円孔の直径を表す。






F孔の下部円孔の大きさを拡大した図







 また、このF孔の下部円孔の大きさは、幾つかの方法で求められる。

   ① 半径(楽器の全長の半分)-上部最大幅



半径-上部最大幅






   ②半径(楽器の全長の半分)-F孔の上部円孔の中心の縦位置



半径-F孔の上部円孔の中心の縦位置






   ③ 内接正十角形の一辺(0.3090)÷内接正五角形の一辺(0.5877)-0.5



内接正十角形の一辺÷内接正五角形の一辺-0.5

1 : D=0.5877 : 0.3090
 (内項の積は外項の積に等しい事より)
D×0.5877=1×0.3090 
D=0.3090÷0.5877
D≒0.5258
A=0.5 
D-A=0.5258-0.5=0.0258






   ④ 裏板のボタンの半径



黒檀のリングは、現代式ネックへの差し替え時の補強の為であり、
オリジナルのボタンの半径は、F孔の下部円孔の直径と等しく、青線が示す







   では、裏板のボタンの大きさ、即ちF孔の下部円孔の直径の2倍から、どの様にして横板の高さをもとめたか?






点Aから線分EFの長さを取った最下点を中心にコンパスを使って、点Pまでの半径で点Gを取る
尚、点Gを取ったコンパスで、点Aより半円を描くと裏板のボタンが求められる






下部最大幅を示す線分と線分BDの交点をHとして、点Gを通る線を引く






線分EH の長さをコンパスで取る






点Fより線分EH の長さを、コンパスで線分BD上に取り交点Iとする






交点Iより垂線を引き、点Gを通る線との交点をJとして、線分IJをコンパスで取り、内枠に写す


この交点間の長さである線分IJは、横板の高さを示し、F孔の下部円孔の直径の2倍と黄金比をなす.


 即ち、裏板のボタンの直径でもあるF孔の下部円孔の直径の2倍と、横板の高さの比(PG:IJ)は、黄金比であるHP:HIである。

           PG:IJ=HP:HI


そして、この比率はヴァイオリンの下部最大幅の半分と、上部最大幅によっても表わされている。






線分HP(黄色)は、内接正五角形の一辺である下部最大幅の半分(0.5877÷2)
線分HI(青色)は、内接正五角形の一辺×1.618(黄金比)の半分である上部最大幅である(0.5877×1.618÷2)





 また、線分EFの長さを、2本取る事によっても簡単に求められる



線分EFの長さを、2回取る






非常に簡単に、横板の高さが求められる
勿論、黄金比例コンパスを用いれば、F孔の下部円孔の直径の2倍を取るだけで、より簡単に求められる






レオナルド・ダ・ビンチの描いた比例コンパスの図




この横板の高さは、主にネック側、即ち小円弧の値に使われている。








 では次に大円弧(エンドピン側の高さ)の値をどの様にして求めたか?




交点Iより、点Gを取った時と同様な半径で交点Kを取る
即ち、線分HKは、半径となる


簡単には、点Hより半径で点Kを取ればよい。






交点Kより垂線を立て交点Lを求める
線分KLが大円弧(エンドピン側の高さ)の値となる




線分HPと半径である線分HKの関係にも、素晴らしい比率が存在しているのである。

即ち、

半径である0.5は、0.309×1.618であり、内接正十角形の一辺×黄金比である。






裏板のボタンの直径と大円弧(エンドピン側の高さ)の値にも、
下部最大幅の半分(内接正五角形の一辺0.5877÷2) : 下部コーナー間(内接正十角形の一辺0.309×黄金比1.618)
と言う黄金比を使った比率が存在している



 上記の下部円孔の直径の採り方は、ストラディヴァリのヴァイオリン『MEDICI メデチ 1716』のような下部円孔の直径が約8.9mm、裏板のボタンの直径が約17.5mmと小さく、横板の高さが約27.5mmと低い楽器に使われている。

即ち、胴長に対する、下部円孔の直径の係数は、0.5(半径)-0.4755(内接正五角形の対角線の半分)=0.0245である。






 では、『CREMONESE クレモネーゼ 1715』の下部円孔の直径の採り方を説明しよう。




点Dより、内接正十角形の一辺を取り点Nとする






中央C部の幅を表す点より、点Nまでの線を引き、中心線APとの交点をQとする






尚、この線分と、中央C部の最小幅を表す線との交点は中央C部の最小幅の位置も表す






交点Qより、中心Pまでの半径で円弧を描く
尚、この円弧は裏板のボタンの高さも示す






先の円弧の最上点より、半径の長さを取り、この最下点から中心Pまでの半径で点G’を取る
尚、図からは読み取りにくいが、点G’は点Gより僅かに高い位置にある
即ち、点G’と点Gの差は胴長の0.0026で、点G’は約1mm高くなる




点G’を使い、点Gを取った時と同様な作図をする。

即ち、この作図の胴長に対する、下部円孔の直径の係数は、
0.309(内接正十角形の一辺)÷0.5877(内接正五角形の一辺)-0.5(半径)≒0.0258である。





 では、上記の作図法による、胴長357mmのヴァイオリンの横板の高さを求めてみよう?
(精度を高めるために、小数点5位以下切捨で求める)

本体に対する、下部円孔の直径の係数は、0.30905÷0.58777-0.5=0.02580、

よってネック側の高さは、
0.58777÷2 : 0.02580×2=0.5877×1.61803÷2 : IJ   (HP:PG=HK:IJ)
0.29388 : 0.0516=0.47551 : IJ
IJ=0.08349  (本体に対するネック側の横板の係数)

357mm×0.08349≒29.80mm



エンドピン側の高さは、
0.58777÷2 : 0.02580×2=0.5 : KL
0.29388 : 0.0516=0.5 : KL
KL=0.08779   (本体に対するエンドピン側の横板の係数)

357mm×0.08779≒31.34mm




 残念な事に、これらの値は、現存のストラディヴァリの楽器では検証できない。

何故ならば、現存のストラディヴァリの楽器は、ネックの現代化やバスバーの交換等で何度も表板が開けられ、その磨耗や修復等で、横板の高さは製作時の値を保持していないからである。


唯一の検証方法は、内枠に刻まれた大小の円弧と比べる事である。

 それでは、裏板の胴長357mmのクレモネーゼの型とされるストラディヴァリの内枠Gの大小の円弧で検証してみよう。

内枠Gに刻まれた小円弧の半径は29.5mm、計算値は29.80mm、大円弧の半径は31.5mm、計算値は31.34mmである。



 また、検証の参考になると思うので、現存の胴長357mmのクレモネーゼを使って上部の横板の高さを確認してみたい。

   F孔の下部円孔の直径
     実測値     約9.3mm       (原寸写真より)
     計算値      9.21mm       357×(0.30905÷0.58777-0.5)   




F孔の下部円孔の直径





   裏板のボタンの直径
     実測値     約18.5mm       (原寸写真より)
     計算値      18.42mm       9.21mm×2 (下部円孔の直径の2倍)   




裏板のボタンの直径




   ネックの付け根の横板の高さ(左=低音弦側)
     実測値      30.0mm       (本STRUMENTI DI ANTONIO STRADIVARIより)
     計算値      29.8mm       18.42mm×1.618(黄金比)       




三つの値は関連性を持ち、黄金比を使った比率が存在している






F孔の下部円孔の直径(0.30905÷0.58777-0.5=0.02580) と、裏板のボタンの半径の関係
尚、青い丸は、少し小さい 0.5(半径)-0.4755(内接正五角形の対角線の半分)=0.0245の下部円孔の直径を示す











 もう一つストラディヴァリの7/8の分数ヴァイオリンの内枠で、私の分数ヴァイオリンの求め方の検証を兼ねて横板の高さを求めてみたい。

電卓に7÷8と入力して0.875と求める

次に、ルートキイを二回押して0.967と求める  (7/8の分数ヴァイオリンのフルサイズヴァイオリンに対する係数) 

 4/4のヴァイオリンの胴長を、この分数ヴァイオリンの内枠が作られた同時期の内枠P、及び内枠Sから求めると353mmであるから
先の値0.967に、この長さを掛けると341mmとなる。
0.967×353≒341mm
分数ヴァイオリンの内枠から求めた楽器の胴長は約338mmで、私の計算方法より3mmほど短い。

但し、内枠MBから求めた楽器の胴長である350mmで計算すると
0.967×350≒338mm

(注  現代ヴァイオリンの胴長の標準寸法は356mm±1mm位であるが、ストラディヴァリは、初期にアマッティの影響で351±1mm位の楽器を作っている。 これは、アンドレア・アマティが450mmと480mm弱の腕尺を使用していた事によると思われる。即ち、アマティの親方ジョバンニ・レオナルド・デ・マルチネンゴがヴェニスよりクレモナに移り住んだユダヤ人であり、ユダヤ人の使う短めの腕尺を使用していたと考えられる。)
  480×3/4(半折の半折の3)=360mm    360-9(裏板のボタン)=351mm
  450×3/4(半折の半折の3)=337.5mm   337.5-7.5(裏板のボタン)=330mm

 (330mmはアンドレア・アマティの小型の楽器であり3/4の分数ヴァイオリンではない)
 (アンドレア・アマティの孫である二コラは480mmの腕尺のみの使用と考えられる)
 (バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ「通称 Guarneri del Jesu 1698~1744」は、主に胴長351mm前後の楽器を
 作っている  これは、アンドレア・アマティを尊敬し、敢えて二コラと同じく480mmの腕尺を使用したのであると考え
 られる)



 
よってネック側の計算値の高さは、
341mm×0.08349≒28.47mm  (内枠に刻まれた円弧の実測値は28.5mm)

エンドピン側の計算値の高さは、
341mm×0.08779≒29.93mm  (内枠に刻まれた円弧の実測値は30.0mm)



(各内枠の長さ、大小の円弧の値は、サッコーニの著書『ストラディヴァリの秘密』より引用)

 僅かな誤差はあるが、この手法があったと考えてよいと思う。


  注  ストラディヴァリの内枠には、P(prima=第一)、S(seconda=第二)、T(terzza=第三)、Q(quarta=第4)、B(buona=良い)、G(grande=大きい)、L(lunga=長い)、M(modello=モデル)等の頭文字がつく。








 上記の考えは、総て私の推論であって、周知で確実な事ではない。

サッコーニは著書『ストラディヴァリの秘密』の中で、長さが数mm違う内枠でも、刻まれた大小の円弧は30mmと32mmであると述べている。
即ち、彼はストラディヴァリが固定値で横板のネック側の高さとエンドピン側の高さを取ったと認識している。

この様に認識(誤認?)した背景には、
刻まれた溝における測定の問題が在ったのではないかと思う。

私の理論では、内枠を3mm伸ばしても、大小の円弧に反映される半径の違いは、僅か約0.25mmである。
刻まれた溝からの計測は、石膏や樹脂を流し込んで型の頂点を測らない限り正しい値は求められない。

また、内枠Sは346mmで、大中小、29mmと30mmと32mmの円弧があり、内枠Gは354mmで大小の円弧は29.5mmと31.5mm、
内枠Sは内枠Gより短いのに、大の円弧は32mmと僅かに0.5mm大きい。
(これはストラディヴァリの楽器の長さを決める時の秘技と、内枠Gの特殊性によるので後日説明したいが!)

だが、私は、殆どのストラディヴァリの内枠には、各内枠ごとに大小の円弧が刻まれている事に注目したい。


もしも、固定値だとしたら、各内枠ごとに刻む必要があったのだろうか??













 ストラディヴァリの内枠には、まだまだ多くの秘技が隠されている。

次回は、何故、内枠に刻まれた大小の円弧によって、横板のネック側の高さとエンドピン側の高さで、約2mmの差をつけたのか?

またストラディヴァリの内枠最大の秘密でもある、何故ゆえに総ての内枠でコーナーブロック材を貼り付ける切欠き部が、直角でなく鈍角になっているか?

を書いてみたい。







現代の製作者は内枠のコーナーブロックを着ける切り欠き部を神経質なほど直角に拘るが、ストラディヴァリは鈍角に取っている  
 ストラディヴァリの内枠G(ストラディヴァリ博物館蔵)

これが解ければ、「内枠Gの右側のコーナーブロック材を貼り付ける部分が、何故修復されているのか?」も理解できる。
(断わっておくが、この修復は、内枠の使い過ぎで、痛んだ部分を補正したものではない)







 ストラディヴァリの素晴らしい所は、製作技法や製作理念で多くの秘技を持っていた事である。

だからこそ、サッコーニは『ストラディヴァリの秘密』を著したのである。逆に言うと、この著作はストラディヴァリが多くの秘密、秘技を持っていた事の証でもある。

だが、残念な事にサッコーニの『ストラディヴァリの秘密』は、修復職人として多くのストラディヴァリの作品を診て来た事による素晴らしい資料であっても、そこには一つも根本的な秘密が解かれていない。

ストラディヴァリの楽器は、サッコーニの『ストラディヴァリの秘密』が著される以前にも、長年に亘って優秀な修復人や調整人によって研究されて来た。
もしも、修復や調整で秘技が解けるなら、200年以上前に解かれて周知の事実となって秘密では無くなっていたであろう。

ストラディヴァリの秘技を紐解く難しさは、彼のヴァイオリンの修復や調整にどんなに携わっても外見の形而下的特徴からは、内面に隠された秘技を解く事は出来ないと言う事である。

日本をはじめ世界中に、ストラディヴァリの研究者であると、調整等で診たストラディヴァリの楽器を楯に取り大言壮語している製作者が沢山いるが、サッコーニと同じくストラディヴァリの楽器の修復や調整からは、秘技が解けないように、ストラディヴァリの楽器は作られているのである。


 では何故、修復や調整からは、秘技が解けないかと言うと、
第一に、これは秘技が解けないように作られている理由ではないが、無量塔蔵六の著書『ヴァイオリン』にもあるように「俗説ですが、現在本物の証明書を持ったストラディヴァリは約千個ほどと言われ、その半数以上が偽物であると言われています」とある。
この記述は少しオーバーだとしても、いかに証明書を持ったストラディヴァリの楽器の偽物が多いいかと言う事であると思う。

楽器商主催のストラディヴァリの楽器展示会の何割かは偽物と思っても間違いはない。
何故ならば、怪しい楽器の所有者は、展示される事を望み、楽器商はそれらの楽器を商売に繋げられるからである。
怪しい主催者のストラディヴァリの楽器展示会が、折紙を付けたり、お墨付きを与える事で偽物を増やして来た観がある。

 思うに、各国でストラディヴァリの楽器展示会が催されて来た中で、唯一、偽物の楽器が少なかったのは、1987年、クレモナ市主催のストラディヴァリ没後250年記念の展示会であると思う。
この展示会では、所有者の展示の希望に反して、厳しい選定委員会により信憑性の低い楽器が排除された。

これらの偽物や怪しい楽器からは、何を診ても秘技は解けない。



第二に、f孔の下部円孔に観るように、ストラディヴァリの構想は、黄金分割の宝庫である内接正十角形を基に、多様性を持っている事である。

この多様性とは、理想への試行錯誤であり、追求心であり、これが微妙に寸法に差異のあるストラディヴァリの内枠が、非常に多く存在する理由である。
だから内枠に内在する幾何的な作図法を理解しない限り、どんなに修復や調整に携わっても、内部に隠されたストラディヴァリの秘技は解けない。


ストラディヴァリのヴァイオリン『CREMONESE クレモネーゼ 1715』の下部円孔の直径が約9.3mmで、『MEDICI メデチ 1716』の直径が約8.9mmと小さいのは、ただ単に意図もなく小さく作ったのではなく、f孔の下部円弧の採り方を換えると言うコンセプトを以て小さく作ったのである。
だから『MEDICI メデチ 1716』は、『クレモネーゼ 1715』より胴長が僅かに長いにも拘らず、下部円孔に連鎖して裏板のボタンも小さく、横板の高さも低いのである。


                       胴長(裏)  下部円孔の直径  裏板のボタン  横板の高さ(ネック高音弦側)
CREMONESE クレモネーゼ 1715  357.0mm    9.3mm       18.5mm       29.5mm
MEDICI メデチ 1716           357.5mm    8.9mm        17.5mm       27.5mm

             尚、CREMONESEの裏板のボタンが1mm大きいのは、
先の図の点Gと点G'の違いである。


そして、この事が各内枠ごとに、横板の高さを円弧によって刻む必要があった理由でもある。





 サッコーニを崇めた故Francesco BISSOLOTTIは、残念ながら『ストラディヴァリの秘密』の中で述べられている、内枠が外形の原点であるとし、しかも幾何学的に論理性の乏しいと思われる作図法を基に展示用彫刻物を作っている。






Francesco BISSOLOTTIの木製の彫刻を本のカヴァーに使った長男マルコ ビソッロッティの
著書『クレモノーナにおける弦楽器製作の真髄』 川船 緑訳

サッコーニの『ストラディヴァリの秘密』の中の「始めに内枠ありき」の作図法では、ストラディヴァリの秘密は紐解けない






A.C.L.A.P. (クレモナ弦楽器プロ職人組合)もマークに『ストラディヴァリの秘密』の中の作図法を使っている






第九回トリエンナーレ(2000年)の規約パンフレット



 この出発点となる作図法からは、何一つストラディヴァリの秘技を理解する事は出来ない。

サッコーニは、内枠を楽器の外形の基礎としているが、型が先に存在するのではなく、「型は楽器の外形から求められているだけである」と言う出発点を誤認している。

服飾デザイナーも、デザイン画を描き、これからパターン(型紙)を興す。
カーデザイナーも、はじめにデザイン画を描き、クレーモデルを作り、これより木型や金型を作る。

ヴァイオリンだけが内枠が基で、外形がそれによって作られるはずがない。





 Francesco BISSOLOTTIは、内枠で作り過去へのアプローチに励んだが、サッコーニを妄信した事で、黄金期のクレモナの製作方法や製作理念に辿り着けなかった。

 楽器商の多くは、故Francesco BISSOLOTTIや故Gio Batta MORASSIをクレモナの2大マエストロとして、伝統を受け継ぐ現代のストラディヴァリなどと販売のために賞賛しているが、クレモナの黄金期の製作理念や製作方法は、まったく受け継がれていないのである。
いや、モラッシー派に於いては、主に外枠でつくり、クレモナの黄金期の製作理念や製作方法だけでなく、細部の仕上げに関しても遠く離れている.

しかし、私は2大流派の楽器に、商業的価値がないと言っているのではない。  これらは現代の製作の流派として60年の歴史があり、ヴァイオリンと言う大きな集合の中では皆同じだ。
だが、そのように捉えると、ストラディヴァリの秘技は、何年、製作に携わろうが紐解けない。

 ストラディヴァリの死後、世界中の製作者も300年以上、巨匠の作品が歪みを持つ為に、左半分か右半分を表面的にコピーする事が総てで、この片側をコピーする事から線対称を最重視した中心線至上主義となり、過去のヴァイオリンが持つ力強さと、完璧な黄金比で構成された安定感の中で、必然的な歪による同じ形がないという唯一無比(UNICO=唯一さ、たった一つの物 伊)や、重心の動き(CONTRAPPOSTO=対置、意識的に強調された不均衡 伊)から来る動感と、調和の取れた非対称から来る温かみが、忘れ去られてしまったのである。






  電卓(電子式卓上計算機)と√平方根キーについて一言

 私は、少し騒がしいがハンディータイプのプリンター電卓を30年以上愛用している。
計算手順が目で確かめられ、私の様な頻繁に打ち間違いする人間にとって非常に便利である。

しかし、ハンディータイプのプリンター電卓には、CANON、カシオ、シャープ等の主要メーカーにおいて、平方根を求める√キーが付いていないのである。
ピタゴラス(前572~前492)が知ったら、さぞ嘆く事だろう。

 日本ブランド(製造はアジア)のプリンター電卓は、ビジネス仕様で、会計人の為なのか外貨計算やパートタイマーの日給計算や金銭の為のキーは有るが√平方根キーはない。



CANONのハンディータイプのプリンター電卓P1-DTSC
√平方根キーはない



確かに、会計人にとって√キーを使う事は、皆無に等しいだろうが、昔の1ドル=360円と言う固定為替レートの時代ならともかく、少なくとも毎日換算率を設定しなくてはいけない現代に通貨換算率設定キーは、必要が有るのだろうか?

また、パートタイマーの日給計算をコンピューターのソフトでなく、プリンター電卓でする会計人がいるだろうか?
(日商簿記検定2級までは、√キーの必要な出題は無いとされる)
子供に経済や原価計算等を教えるには良いが、実際には√キー以上に使わないキーが沢山付いていると思う。

プリンター電卓だけでなく、将来は普通の電卓からも√キーがなくなり、√キーが残るのは関数電卓のみになってしまうのか危惧している。


 イタリアの古い流行歌に、『俺たち、ピタゴラスの末裔』と言う歌詞がある。
(彼の生まれは古代ギリシアのサモス島とされるが、活動は南イタリア、三平方の定理を発見)

昭和生まれの方なら憧れのタイプライターの会社として覚えがあると思うが、さすがにイタリアのOLIVETTI社の中型卓上プリンター電卓LOGOSシリーズには、素晴らしいピタゴラスの三平方の定理に使える√キーが有るのである!!



OLIVETTI社の卓上プリンター電卓LOGOS



ハンディータイプのプリンター電卓にも、√平方根キーを付けた機種を販売する、日本のどこかのメーカーは無いのだろうか!

優秀で数学好きな、日本の子供がもっと増えると思う。







  歪による重心の不均衡(CONTRAPPOST、伊)や、調和の取れた非対称に関しては、拙著「ヴァイオリンのF孔」の導入部『はじめに』のPDFをお読みください。

拙著「ヴァイオリンのF孔」の『はじめに』PDF





  ヴァイオリンの中の調和のある非対称に関しては

ストラディヴァリ、グァルネリの死後 ヴァイオリンは作られていない
副題『ヴァイオリンと能面の中の非対称』

ストラディヴァリは、ヴァイオリンを故意に歪ませた
副題「ヴァイオリンの原点は、ジパングのゆがんだ真珠?」




  また、「現代のクレモナのそれらと全く異なると言うよりも正反対である事」に関しては、

ヴァイオリンを選ぶ時
AMATI や STRADに肩を並べることが出来る楽器の必要条件  


  を参照ください。






  



 本文中の
それは「呼び方(言葉)」から派生したという考えです。英語やドイツ語などでは(イタリア語は知りませんが)、ごく普通に1/2、3/4、1/4という言葉が使われます。これは数学的な意味合いではなく、大まかな分量的な意味合いでも用いられます。、、、、、、
は、佐々木ヴァイオリン製作工房様のマイスターのQ&Aの63番より一部転載させて頂きました。



 間違いの点や御意見がございましたならば、下記まで



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拙著(ヴァイオリンのF孔)の紹介

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ヴァイオリン作りの独り言

ヴァイオリンを選ぶ時

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅰ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅱ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅲ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅳ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅴ




SAKAI Yoshinori の拙著及び楽器は、有名楽器店、優良弦楽器専門店に御問い合わせ下さい。



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