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ヴァイオリンを選ぶ時

AMATI や STRADに肩を並べることが出来る楽器の必要条件  



 ヴァイオリンを選ぶ時の幾つかのポイントを考えてみました。
これらは、楽器の音響的な要素もありますが、主に工作上の要素であり、下記の点に合致していない楽器を否定するものではありません。
 しかし、もしも、これから購入しようと考えている楽器や、あなたの持っている楽器が下記の点にすべて合致していれば、300年前に作られたクレモナの名匠の楽器に、将来、肩を並べる可能性のある楽器と言えると思います。
(一部、内容が「ヴァイオリン作りの独り言」と重複します)


1  フチの仕上げ

2  フチの厚さ

3  ノチェッタの厚さ

4  フチの彫り

5  ネックの中心線とコンパスの針穴

6  裏板の埋釘

7  F孔のライン

8  F孔の穴の位置とキリカキ

9  ライニングの入れ方

10  裏板は横板より模られる

11  3本のラインの平行性

12  胴板は裏板より挽かれる






1  フチの仕上げ

 フチの仕上げにおいて非常に大切な事は、裏板や表板の胴板との接着面に平面が残っている事である。即ちフチが胴板の接着部より丸めていない事である。胴板の接着部より丸めてあると、一見、綺麗に見えるがバスバーの交換や修理で開けて再び膠付けする時に必然的に僅かに起きる接着面の誤差を修正できないのである。

  -注-  現代のクレモナでは唯一ビソロッテ-派の楽器に見られる。
       その他の派の楽器は胴板の所から紙やすりでゴシゴシとキレイに丸めてある。

平面が残っているフチ





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2  フチの厚さ

 フチの厚さは4つのコーナー(中央Cの部分)に向かって高くなる。これにより飛び出したコーナーを磨耗から守り、また、弓の接触による傷や磨耗からC部の表板のフチを守る。



コーナーに向かって高くなるフチ

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3  ノチェッタの厚さ

 ノチェッタ(裏板のボタン)は付け根の少し下から高くなる。(ノチェッタの所から厚くなるのではない)
これによりノチェッタが棹による割れから補強され、またノチェッタ自体も磨耗から守られる。




付け根の少し下から高くなるノチェッタ

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4  フチの彫り

 フチの彫りは、中央Cの部分と上下の部分では、使用するノミが異なる為に、カーブが違う。
Cの部分はよりカーブのキツイ(半径の小さい)ノミで彫る為に、壁のせりあがったフチとなる。これにより、ふくらみとフチが1つの調和をもたらす。






中央C部と上下の部分では、彫りが異なる。




     

ふくらみとフチの彫りが1つの調和を持つ










著者作






上記の1、2、3、4、及び10、11の特徴は下記の製作方法より現れます。



 フクラミ、板厚の仕上がった表板、裏板(フチの厚さは、全周均一、ヴァイオリンで約5mm、まだ外形のラインは決めてなく、パフリングも入れていない)を、共に横板(胴板)に張って箱にする。






横板からの距離(ヴァイオリンで約2.7mm)でフチのラインを仕上げる。






ノミでパフリングを入れる部分を彫る。
またノチェッタ(裏板のボタン)の位置は彫りを僅かに内側に取る。
この事により、裏板のボタンの付け根の所から、僅かに厚くなり割れ難くなる。








上、下部のフチを彫る時は、幅が広くカーブの弱いノミで彫る








中央C部は、フクラミの立ち上りが早く、強いので、幅が狭くカーブの強いノミで彫る。
(これが、中央C部のフチが高くなる理由である!)





パフリングを入れる。






フチを丸め、ノミで彫ったラインとフクラミのラインをつなげる。
既に、箱になっているので、フチの部分の厚さをコントロールし難いと言うデメリットはあるが、、、
50台も作れば、経験でこのデメリットは乗り越えられる








ノミのカーブの違いが、自動的に中央C部のフチを高くする

(また角Aの面取りは、紙ヤスリ等は使わずに、ナイフで切り取る事により、接着面に平面Bが正しく残る)





 

現代の製作者には、煩雑な方法と思えるかもしれないが、これが胴板、フチとフクラミの調和した音響箱となる理由である。
残念な事に、今のクレモナでは、この考え方は完全に忘れ去られている。
 このようにして製作した楽器は、コンクールでも無知な審査員にまったく理解されていないどころか、平面が残る事でフチの仕上げが未完成、フチの彫りが不均等である事で精度が悪いと言うマイナス要素と受け取られるのがの現状である....。(自分の楽器が、コンクールで成績が悪い時の言い訳?、、)

 現代のクレモナの製作法は、モダンイタリーの製作者(カルロ スキャビ、サッコーニ、ガリンベルテェ、オルナーテ、ビジャッキ等)の流れを汲む、マエストロ.モラッシ-及びビソロッティの指導する方法であり、70年余りの歴史はあるが、残念な事に16、17世紀のAMATIやSTRADの製作理念をまったく理解、継承していない方法となってしまっている。



  ―補足―
 マエストロ.ビソロッティの指導する製作法は、フチの仕上げにおいて平面が残っている事、内枠で作る事、及び音響箱にしてからフチが仕上げられ、パフリングが象嵌されると言う点では、クレモナで唯一、伝統的、古典的であるが、製作のスタートとなる製図法においてサッコーニの考え方を取り入れすぎた為か、AMATIやSTRADの製作理念から離れたものとなっている。

 ―注― 
モラッシーとビソロッティ  現代のクレモナの製作法を2分する製作者
二人の製作者の違いについては、雑誌「メンズクラブ」1994年10月号に私のインタビューの形で書いてありますので、興味のある方は探してみて下さい。




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5  ネックの中心線とコンパスの針穴

 
 ネックを製図する時に型紙を使わずコンパスを使う事により中心線とコンパスの針穴が残る。(これを理解していない製作者はキズど思っているが、、、)





Cello MEDICI 1690  Strad
中心線とコンパスの針穴が完成後も残る。

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6  裏板の埋釘

 棹を釘付けした横板を裏板の上で上下の釘を回転軸にして歪ませて中心を求めた350年前の製作法と違い、現代の製作法において釘は単なる接着の時の補助手段であり、その埋釘の跡はなくても良い。しかし箱にしてからパフリングを入れる工法において、製作精度の助けとなる。





  

横板を裏板の上で上下の釘を回転軸にして歪ませ、棹との中心を求めた。




  裏板の埋釘は3つのパターンがある。

  1. パフリングに重なるもの

  2. パフリングから外れて中心線上にあるもの

  3. パフリングから外れて中心線に対し上下で左右にあるもの




パフリングに重なるもの




パフリングから外れて中心線上にあるもの




パフリングから外れて中心線に対し上下で左右にあるもの
(横板をねじり易くする為に、中心を外して釘を打った事による)





 パフリングに重ならない埋釘は、飾りのために箱にしてから、穴を開け、埋釘した物がほとんどである。
 現代の楽器で、埋釘がしてある場合、パフリングに重なっているものを選ぶと良い。





パフリングと半分近くが重なり半円となった釘


釘の本当の意味が解からないまま、裏板や表板を張る時の位置合わせと思って入れてある釘や、イミテーションで入れてある釘は、パフリングに重ならないでいて、ギリギリの所に入れてあるので、感じ取れるものである。



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7  F孔のライン

 f孔を横から見た時のラインは、高低差があまりなく、ほとんど横板に平行となる。これにより、ふくらみの適正さとF孔の位置の正しさが判る。






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8  F孔の穴の位置とキリカキ

 f孔は、下穴を表板の上端から中央C部最小幅の2倍の長さ(全長にたいしての黄金比)、2つの下穴の間隔は中央C部最小幅で取り、上穴を表板の上端から上部最大幅の長さ(近似値であり、実際には下穴の位置から求める)、2つの上穴の間隔は中央C部最小幅を黄金比で分ける長さで取る。キリカキは、この下穴、上穴の位置関係で求める。

   例 CREMONESE 1715(STRAD)   全長355mm(表板)

            実測値            計算値                   実測値

 上部最大幅    168mm   (355 × 0.475=168.6)  = 上穴の上からの長さ  168.5
 中央C部最小幅 110mm  (355 × 0.309=109.7) × 2 = 下穴の上からの長さ  220  

 中央C部最小幅の黄金分割 (109.7 × 0.382=41.9)   = 上穴の円孔間の長さ   43
 中央C部最小幅 110mm   (355 × 0.309=109.7)   = 下穴の円孔間の長さ  112
キリカキの上部からの長さについては「48 キリカキよ、さようなら」を参照して下さい。





アアマティ的なキリカキの求め方




ストラド的なキリカキの求め方
キリカキの段差がアアマティの方法より少なくなる






まだ掘っていない表板の内側の平面に作図した四つの上下の円孔
f孔を切る作業は、始めにこの上下の円孔を開ける
(外形のラインは参考の為に描いてあります)

現代の製作法では、左右の歪は、ほとんど出ないのだから、左右の歪に合わせて上下の円孔から開けて行く方法は意味がないと言う反論があるかも知れないが、普遍的な中心線ではなく、中央C部のラインに合わせてf孔を切ると言う発想を理解して欲しい







表板の内側にデザインされたキリカキ
表板の内側(外側ではない!)に作図して開けられた下穴、上穴の位置関係から、
キリカキの位置が求められる。
この考え方がf孔の形を理解するための第一歩である。


f孔の形の型を表板の外側にあてて、f孔を描いて切っている現代のクレモナの指導者的立場にあるグランデマエストロたちにとっては、この手法は理解できないであろうが、、、、。






下穴、上穴は、表板の木理が強いので 一般的な木工ドリルを使わずに、
 (上)二枚刃の軟材用の木工ドリルを手で回す、
 (中)色々な径に交換可能な二枚刃を附け、導穴に入れて使う専用工具、
 (下)鋼材のパイプから削り出した、半円弧の側面にも刃のあるマルノミの様な専用工具等を使う。

(丸棒ヤスリでギコギコと開けるのではない!、、。  丸棒ヤスリでの作業を否定する訳ではないが、これらの方法は、丸棒ヤスリでの作業の半分以下の時間で、木理をいためる事無く、樅材の表板に綺麗な真円を開けることが出来る。)



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9  ライニングの入れ方

 ライニングの入れ方は、面を取ったライニングを入れるのではなく、四角のライニングを貼り付けてから面を取るようにする事でコーナーブロックや横板への接着を良くすることができる。現代のクレモナの製作者は、ほとんど先に面を取ってライニングを入れているが、350年以上前の名匠たちは、面を取った物を貼るような事はしなかった。(面取の作業は、いつも最後になされる事が必要である)
 接着の方法は表板のF孔の下穴から覗く事によっても判る。






四角のライニングの形がコーナーブロックの中に残る。


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10  裏板は横板より模られる

 裏板は横板より模られる為に、横板からのフチまでの間隔は均一になる。これにより裏板や表板は非対称で、歪む事もあるが、これが量産品でない証しとなる。






均一な横板からのフチまでの間隔




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11  3本のラインの平行性

  上の左右のコーナーのパフリングを結ぶ線と、下の左右のコーナーのパフリングを結ぶ線と、左右のF孔のキリカキを結ぶ線の3本のラインが平行である。また、この3本のラインは中心線に垂直に交わらなくても良い。即ち、左右のF孔の位置と傾きは、C部の歪みの中で調和していることが大切である。






C部の歪みの中で調和している左右のF孔

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12  横板は裏板より挽かれる

横板を裏板より共板で取ることにより調和のある楽器となる。
一枚板の裏板は簡単に端の所より横板が取れるが、二枚板(厚めの裏板材を二枚に挽き、貼って裏板にした物、剥ぎの中心線が裏板に出る)の裏板の場合は鋸引きに手間がかかり一般に木質、年輪の似た別の木を使用する。 
私としては、二枚板の裏板の場合でも、厚さに余裕がある場合は、なるべく裏板から挽いた共板で横板を作るようにしている。




  

一枚板の裏板からフチの部分を挽いて横板を取ったもの






二枚板の裏板から中央部を挽いて横板を取ったもの
(注意して挽かないと裏板が使えなくなる)




裏板から挽いた横板




職人とは、熟練により手抜きと思えるほどの手際の良さで時間を稼ぐと同時に、見方に依ってはあまり意味のない事に、こだわりを持って時間を注ぐのである。


追記  『横板は、上下ともに、左右1ピースで作るのが伝統的である』という観点からは、裏板から挽いた横板では長さが足りないために、中心部で左右の横板を接ぐ事になり、共板の横板にあまり拘る事ではないと、現在では思っているのであるが、、、






左右1ピースで作られた横板
中心に接ぎの線がない




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 あなたの楽器はいくつ該当していましたか?
もしも、すべて該当していれば、あなたの楽器は非常に高いレベルで製作されたと言えます。

 ヴァイオリン製作の世界も、家電やネギ、シイタケと同じく中国製の楽器に押されてきています。多くのクレモナの製作者も中国製の半完成品を自作の楽器に化けさせています。これは、いかに中国製の楽器がよく出来ているかと言う事でもあります。
 しかし、ヴァイオリン製作の場合、統一感のある高いレベルで製作された楽器の持つ、調和の美しさは、愛弟子を少し使うにしても、全工程を独りでする事から生まれるはずです。
 また、総合的に高いレベル(紙やすりをよくかけて綺麗にしたり、ビシッと精度を上げたと言う意味ではない)で製作された楽器は、音も良いはずです。
 ぜひとも、350年以上前の名匠たちの、小さな違いに大きな意味があると頑なに守った心意気を感じ取れる楽器を選んでください。







裏板のC部の切り取り部分(木目、虎杢が揃っている)






楽器の購入時に裏板のC部の切り取り部分や、ネックの切り端を付けてもらうのも、半完成品を使っていない証拠で、購入者もよい記念になるかもしれない。


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 イタリアは食品に関して農林省の定める生産者組合証印が発達している。
たとえばパルミジャーノと言う硬質チーズは、特定の地域で取れる特定の飼料により作られた牛乳で、伝統的な同一方法により生産され、最低でも12ヶ月以上の熟成されたもの以外は、PARMIGIANO REGGIANOと言う名称や、まして組合証印の表示を付けることは出来ない。
 クレモナの弦楽器製作にも、この試みがなされた。
なぜならば、クレモナと言う知名度を頼って集まった、正規の労働許可なしで半完成品等を使いクレモナ製手工品と偽って営業する人(イタリアでは法律上、商工会議所に登録して営業許可を取得した人以外、製造販売は出来ない)や、製作学校を卒業しても何年も営業許可を取得することなく(営業許可を取得しなければ、納税や、20%の消費税、年金、労災保険等の支払いの義務がないので)不当な価格で販売している人々に対しての、正規の製作者からの圧力であった。
 しかし、楽器に組合証印の入った証明書を付けると言う考え自体に問題がある。
なぜならば、先の食品群(DOP-保護附き原産地呼称)に関しては、ワインのDOC(検定附き原産地呼称)やDOCG(検定附き品質保証の原産地呼称)と同じく生産地の気候、風土が原材料や、生産過程に大きく影響しているのに、300年前に巨匠が住んでいたからと言って、弦楽器製作には適応できない。
組合員の資格の取得は、単に、この地に住んで、営業許可を持っている事だけで良く、この組合員の中に、クレモナの製作学校を正式に4年間通って卒業することなく、製作法に何の考えも持たない人や、中国製の二スの塗っていない白木の楽器に少し手を加えて、自作の楽器ですと言う顔をして売っている製作者がとても多い事である。(むしろ半完成品を使っている製作者の方が組合員になる必要があり、現になっている様に思える)
 組合員としての一定の製作レベルや、共通の製作方法を検討する事なく、また半完製品を使っていないと言う証明のシステムを考える事なしに、組合証印を商標登録してしまった。


 商人や音楽家が、中国製の白木から作られた組合証印付きの楽器を弾いて、何も判らず、さすがにイタリアの音がすると言っている事をよく耳にする。
 これは不思議な事ではない- 
これらの楽器は、1980年代にクレモナで学んだ腕の良い中国人製作者たちの指導のもとに、多くの中国指物職人により、ヨーロッパ材でイタリア人製作者よりも、上手く綺麗に作られているからである。

 楽器の製作地をもってイタリアン楽器とした時に、中国製の半完成品にちょっと手を加えて、ニスを塗ればイタリアン楽器なのだろうか?(最近は100人近いクレモナに住む東洋人によって、現地クレモナで作られているが!)
 楽器の製作法をもってイタリアン楽器とした時に、ドイツ式やフランス式でも、クレモナで作ればイタリアン楽器なのだろうか?
 楽器の製作者の国籍をもってイタリアン楽器とした時に、これらの組合員の半分近くは、南米やドイツである。(著名なクレモナのイタリア人製作者や優良な外国籍の製作者の多くは、未だに、この組合員となっていない)

 では、ある製作者が心をこめて作ったハンドメイドとは、何であるか?
それは、楽器にその製作者が生きている事であると思う。
手作業から来る非完璧さの中にその製作者の人間さを感じる事であると思う。



 私としては、共通の製作方法や、半完製品を使用していない事を証明する方法として、組合が各楽器の製作過程を、デジタル画像としてCDやDVDに焼き付ける事を、製作者に義務付けてチェックし、番号入り証明書を発行すること、 そして、このデータを商工会議所が永久保存し、いつでも閲覧できるようにすれば組合証印の入った証明書も意味があると思うのだが、、



 上記の私見は、組合証印や組合員を否定するものではなく、クレモナ リュウテリアと言う登録商標を考えた以上、300年前の名匠たちの、他の製作地にはなかったクレモナの製作理念の素晴らしさを理解した上で、消費者や製作者の納得のいく運営を期待するものである。







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本(ヴァイオリンのF孔)の紹介

著者の弦楽器関係拙作フリーウェアプログラム+アルファ

ヴァイオリン作りの独り言


続ヴァイオリン作りの独り言(51~60)


ストラデヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅰ

ストラデヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅱ

ストラデヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅲ






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