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ストラディヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅰ



ヴァイオリン作りの独り言の55番 「内枠で作る意味」の少し詳細な解説です。 



 ストラディヴァリ方式の内枠には、ドイツ式内枠やフランス式外枠にはない優位性があると記述された本は沢山ありますが、何処がどのように素晴らしいのか具体的に明記している本は、私の知る限り皆無です。
例えば、日本語訳も出版されているクレモナの弦楽器製作を書いた本の中に優位性の記述がありますが、楽器を内枠の周りで成長して行かせる事が出来るとか、楽器の音響や様式の上で可能性が高いと言うような、曖昧で自己陶酔的な話しで終わっている事がほとんどです。

 確かに、ストラディヴァリの内枠には、現代式の内枠や外枠にはない素晴らしい製作理念が隠されいます。
これは、サッコーニの"ストラディヴァリの秘密"と言う名著にも明解な記述はなく、私がクレモナの名匠の楽器を見て感じてきた事であり独断的な意見ではありますが、真のストラディヴァリの秘密の1つではないかと思っています。





 S字曲線は、接線が左右で入れ替わる点が1つあります。即ち2つの円弧の中心が左右で入れ替わる点です。(右カーブから左カーブに切り替わる点)

接線が左右で入れ替わる点








 ヴァイオリンの本体は、4個のS字曲線を持ちます。

    ―注―  渦巻きも2個のS字曲線を持ちます。



4個のS字曲線







 世界の4大製作者コンクール(アメリカヴァイオリン協会主催のコンクール、パリのコンクール、ドイツミッテンバルドのコンクール、そしてクレモナのコンクール)の優勝者の楽器を見ても、この切り換え点を意識して製作しているとは思えない楽器が沢山あります。即ち、曲線がだらだらしていて何処に切り換え点があるかはっきりしない楽器や、左右で切り換え点の位置が違う楽器と言う事です。
 ドイツ式内枠や、フランス式外枠は、主に三角形のコーナーブロック材を附けますが、ストラディヴァリの内枠は、四角のコーナーブロック材を附けて使います。この四角のコーナーブロック材が素晴らしい意味を持ちます。即ち、この四角のコーナーブロック材の位置が、意識した切り換え点を作るのです。コーナーブロック材の長さが、楽器のデザインの重要な要素となります。(三角形のコーナーブロック材では、長さを意識する事が困難である)
 コーナーブロックは、単なる構造的補強材ではなく、外形のラインを作り出す土台なのです。
ストラディヴァリの楽器は、外形を見ると、コーナーブロック材の位置や大きさまで見えるのです。

ストラディヴァリの内枠P1705
コーナーブロック材の位置からカーブが入れ替わる
そして、この切り換え点の位置がパフリングや外形のカーブに反映する

 基準線Lの位置は非常に重要な意味を持つ、即ち、この線は単なる左右のコーナーブロックの長さを示す線と捉えるのではなく、黄金比による作図法より求められた切り換え点を示す線であり、この線に合わせてコーナーブロックの長さが取られていると考えるべきである。








 また、コーナーブロック材の長さを意識してストラディヴァリの内枠を良く見ると、上部のコーナーブロック材の方が下部より長く取ってあリます。

ストラディヴァリの内枠PG1689
上部のコーナーブロック材の方が下部より長い




ストラディヴァリの内枠G   CREMONESE 1715はこの型による
これも上部のコーナーブロック材の方が下部より長い







 某製作者のホームページでも見られるように、「カントゥーシャ式分解式内枠」や「外枠」、また、ほとんどクレモナの製作者のストラディヴァリ型と銘打つ内枠でも、上部のコーナーブロック材の方が下部より短いか、同等に取ってあります。これはヴァイオリンを駒の位置から上部と下部の二つに別けた時、上部の面積が下部より小さいから、コーナーブロック材もその外形に合わせた方が良いと言う常識的単純な考えからだと思います。

 では何故、ストラディヴァリの内枠はコーナーブロック材の長さを反対にとってあるのか?



 コーナーブロック材の長さは、カーブの食い込みの深さを同じに取ると円弧の半径と比例します。即ち、長いコーナーブロック材は、より緩やかな円弧となります。

深さを等しく取ると、コーナーブロック材の長さで円弧のカーブが変化する
高さの等しい弧の半径と弦は比例する








 ではここで、ヴァイオリンの外形におけるカーブの構成(相対、対立関係)を考えてみます。

上部と下部のカーブの対応
(上部が急で、下部が緩)
"STRAD CREMONESE 1715"




左の写真 = ドイツ、フランス(黄金期のクレモナの名匠以外)の楽器の接線(中心)の入れ替わり後の上部と下部のカーブの対応
(上部が急で、下部が緩)
"アントニオ グァダニーニのラベルを持つガルネリのモデル"


右の写真 = ストラディヴァリの接線(中心)の入れ替わり後の上部と下部のカーブの対応
(上部が緩で、下部が急)





中央C部の上と下のカーブの対応
(上部が急で、下部が緩)






フランスやドイツの楽器では、カーブの対比が上から急、急、急-緩、緩、緩となります。
小さい上部と大きい下部の面積に対応しているので、統一感はありますが、変化に乏しくなります。

急、急、急-緩、緩、緩のカーブ











ストラディヴァリの楽器では、カーブの対比が上から急、緩、急-緩、急、緩となります。
素晴らしいリズムがカーブの中に生きています。

急、緩、急-緩、急、緩のカーブ





ジュジェペ グァルネリ デル ジェスもこの考え方を継承している。1734 Walter Stauffer
横にして見ると比較しやすく、よく解かる、上(左)が緩で下(右)が急のカーブ






ストラディヴァリの1703年の内枠 S と、コーナーブロック材を取る為の型紙
内枠や型からも、上(左)が長くて緩で、下(右)が短くて急のカーブである事が良く解かる


 

 また、ストラディヴァリが、カーブを急、緩、急-緩、急、緩にした理由はリズムだけでなく、外形上の意味もあります。即ち、上下の剣先のバランスです。

カーブの対比を急、急、急-緩、緩、緩とすると、パフリングが外形のラインから中に約4mm入るので、上部の剣先が小さく、詰まった感じ、下部の剣先が大きく、飛び出した感じとなってしまいます。

小さく、詰まった感じの上部の剣先
"20世紀初頭のフランスの半手工品と思われるエンリコ チェルーティのラベルを持つガルネリのモデル"
上部が急で、下部が緩のカーブ





 カーブの対比を上から急、緩、急-緩、急、緩とすると、上部の剣先が伸び、下部の剣先が抑えられ、上下の剣先が非常に同等な流れと成ります。小さな事ですが、素晴らしい造形感覚が生きているのです。

流れ、面積、伸びがより同等化して、バランスが良くなった上下の剣先
ストラディヴァリ CREMONESE 1715
上部が緩で、下部が急のカーブ




ストラディヴァリは、少しヘソ曲がりで、皆と同じ事の嫌いな人間だったのかもしれない。

ストラディヴァリの秘密を解かずして、真価を知ることはできない。

 過去の一部の優秀な鑑定家は、このような秘密に気がついていたが、皆に明かす事は出来ない、何故なら秘密を独占しているからこそ鑑定が出来るのであるから。
そこで、ストラディヴァリの評価を神秘的な表現に置き換える事によって賞賛して来たのではないだろうか。


この続きは、まだまだありますが、次回に、、、








   -追記-

 コーナーブロック材の長さの話しが出たついでに、老婆心(老爺心?)からまた書いてしまいます。
 東欧のコンクールの優勝経験もあるクレモナ製作学校卒業生の製作日記ブログや、日本でクレモナ製作学校の卒業生に学んだ製作者のホームページのコーナーブロック材の木目(年輪)に関しての木取りを見て、私も卒業生ながら、クレモナの製作学校や、教諭マエストロ陣のレベルの低さに落胆してしまいました。

 コーナーブロック材の木取りは、楽器になってしまうと見えないので、あまり注意が払われていませんが、ストラディヴァリの秘密を解く手がかりともなるものです。

上記のクレモナの現代製作法を学んだ製作者たちは、皆、モラッシー派なのでブロック材に表板と同じアベ-テ ロッソ(樅の木の1種、英=スプルース)を使っています。ストラディヴァリやビソロッティ派は柳を使っています。
何故ストラディヴァリが柳を使ったかは、長くなるので次の機会に回すとして、彼らのコーナーブロック材の木取りは、4個の年輪がバラバラであったり、中心線に垂直に取ったりしていて、教える側に責任があると思うのですが、全く木目や木表、木裏を教授されていません。

 ―注― 
モラッシーとビソロッティ  現代のクレモナの製作法を2分する製作者
二人の製作者の違いについては、雑誌「メンズクラブ」1994年10月号に私のインタビューの形で書いてありますので、興味のある方は探してみて下さい。





木目や木表、木裏を意識していないコーナーブロック材の木取り
コーナーブロック材の木取りの木口部分は各ホームページの画像を使わして頂きましたが、版権の問題が有りましたらご一報下さい。






 伐採後の丸太の乾燥による収縮を考えた時に、一般に針葉樹で、天地方向(l)、半径方向(r)、円周方向(t)で収縮率の比が1:5:10ほどの違いがあります。即ち天地方向にはあまり収縮しないが、半径方向、円周方向は非常に収縮する、特に円周方向は収縮が激しいと言う事です。また、この収縮は、少なくなりながらも、かなり長い年月にわたって続きます。そして、木材は、収縮が安定した後でも、急激な湿潤や乾燥により、永遠に膨張、収縮を繰り返すと言う事です。
(広葉樹の樫、欅、インド等で取れる紫檀、黒檀等は、収縮率の違いが少ない事は周知の事実であると思う)



天地方向(l)、半径方向(r)、円周方向(t)での収縮  1:5:10




 この事により、ある程度乾燥しても板目に製材された板は木表、即ち年輪の外側に反るか、反れない時は木表側に干割れ(ひわれ)が入ります。
製材上ロスが出て、幅の広い材を取るには板目より太い丸太が必要である為に高価ではありますが、柾目板が狂いの少ないのは、木表、木裏が無いからです。

   木表(樹皮に近い年輪の外側となる面)
   木裏(樹心に近い年輪の内側となる面)

   板目(木表と木裏がある木取り、年輪が山形となる)
   柾目(木表と木裏が無い木取り、年輪が平行となる、また幅方向に木材の半径が来る)


板目に製材された板での収縮
半径方向(r)より円周方向(t)の収縮が大きい為にソリや干割れが起こる

何故、板目材は木表側に反るのかの証明をみる





柾目に製材された板での収縮

何故、柾目材は反らないのかの証明をみる




四分割しての板目と柾目の製材(芯材は共に柾目になる)
弦楽器の表板、裏板は上の一般建材の製材とは異なり、総て放射状に木取られる





 次に板ではなく角材を取る事を考えてみます。
下図は四面柾と言う木取りで、乾燥により年輪方向で対角線の短い菱形になりますが、干割れが入らないので非常に強度の低下の少ない柱となります。





四面柾
対角線上に半径が来る
また、四面柾は湿度の出入りが四面とも早く、均等で湿度変化に強い





これは板目に木取った物で、乾燥により半径方向で台形になり、干割れが木表側中央に入りやすく、急激な強度の低下が起こりやすい柱となります。



板目に木取った物
対角線が半径方向に来ない
また、板目の面は湿度の出入りが柾目の面より遅いので、ストレスが起き易い


 

この事は、一般に飯櫃(めしびつ)は炊き立てのご飯の余分な水気を吸わせる為に、杉などの丸太から柾目で八橋煎餅の様な形の榑(くれ)と言う板を削り出し張り合わせる。
酒樽は、水分を吸わないように板目で榑と言う板を削り出し張り合わせる事からも、柾目は板目より水分を吸い易い事が解かる。
 どんなに電子ジャーが発達しても、杉の飯櫃の余分な水気の吸湿性、殺菌保存性を考えたら、飯櫃は米の銘柄以上に、ご飯のうまさを理解する基本かもしれない。







 ―お櫃の話しはこの位にして―  これをヴァイオリンで考えてみますと、
(もちろんヴァイオリンのコーナーブロック材は20~30mmと小さく、良く寝かせた木を使うので、このような問題は起きないのですが、木工の基本的な感性として述べています。 ストラディヴァリの素晴らしい所は、指物、木彫の徒弟をつんだ事でこの感性が養われていた事だと言えます)

四個のコーナーブロック材の木裏が楽器の中心に向き、総てが四面柾となります。

 

コーナーブロック材となる丸太の樹心と楽器の中心が一致して、総てが四面柾




下図の様に木裏を外側に来る様に木取るのは間違いです。







 -注-
 現代の製作法では、上下のブロック材の年輪は中心線に平行に木取ります。
何故ストラディヴァリの時代と異なるかと言う事は、ストラディヴァリの秘密を解く鍵でもあり、何ページにもなりますので次の機会に回すとして、、



現代の柾目の木取




ストラディヴァリの板目での木取(但し材は柳であるが)





 

次に、このように木取った木理上の理由の他に、加工性と接着性及び強度と精度の理由があります。
年輪(冬目)がコーナーブロックの剣先に向かっているので、先が欠け難く、また年輪が2面の接着面に均等に出る事で加工がし易く接着力が等しくなり、経年変化による狂いが少なく、精度が出せます。



年輪がAとBの両面に出て、剣先まで伸びる





本当に良い楽器とは、けしてパフリングが綺麗に入っているとか、F孔がヤスリ?(正しくは、ヤスリを使いませんナイフの方が綺麗で速いのです!)で丁寧に仕上げてあるという事ではなく、ストラディヴァリの様に木が生きているという事だと思います。








 300年以上もの間、全く理解されないまま、誤った思い込みや常識の中に埋もれてしまったアマティやストラディヴァリの素晴らしさを比較、説明するために、記述の一部が、多くの製作者の批判や中傷めいた内容となってしまった事を深くお詫びいたします。




 間違いの点や御意見がございましたならば、下記まで



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 私のホームページの愛読者の方から、たとえ比較や批判の為の短い引用文や、小さな画像でも版権が存在するのであるから、出典を明記すべきではないか、と言う助言を頂きました。

前出の
"木目や木表、木裏を意識していないコーナーブロック材の木取りの画像f2.jpg"は、
菊田ヴァイオリン工房様のブログより引用させて頂きました。

有難うございました。






本(ヴァイオリンのF孔)の紹介

著者の弦楽器関係拙作フリーウェアプログラム+アルファ

ヴァイオリン作りの独り言

ヴァイオリンを選ぶ時

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅱ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅲ




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