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ストラディヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅳ



これもヴァイオリン作りの独り言の55番 「内枠で作る意味」の少し詳細な解説です。 




 力学や建築の専門家ではない私の意見ですが、内枠の跡が横板に残り樽状となり、これが音響的にも利点となると言う事の説明です。

  

上下の胴板に僅かに残る、内枠による樽状の痕跡




 ストラディヴァリは、ヴァイオリンやヴィオラの内枠に 13mmから15mm、大型のアルト ヴィオラの内枠に17mmの、最初は安価な柳やポプラの板を用いたが、以後は、狂いの少ない事で銃床にもよく使われる胡桃の板を使っている。
現代の一部の製作者は、垂直性と平面性において精度が上がると言う理由で横板と同じ厚さ、即ちヴァイオリンで30mm厚程度の二、三層になった分解式内枠を使っている。


 ヴァイオリン属の大きな特徴は、表板や裏板のふくらみである。
このふくらみは何を意味するかと言うと、アーチ構造でありヴォールト構造(半円筒)、ドーム構造(半球)である。
 ギリシア人は、アテネの神殿の様に、梁を渡して屋根を作ったが、中部イタリアに住んだエトルリア人はアーチ構造の利点を知っていたので、梁では、強度的に出来ない建造物を作った。紀元前三世紀頃エトルリア人を征服したローマ人は、彼らからアーチ構造を学んだ。これがローマ帝国が土木建築に優れた一因でもあると思う。

 

エトルリア人の骨壷(キウジ イタリア、エトルスク博物館)




 

エトルリアの芸術




 

アーチ構造とアーチを1方向に繋げたヴォールト構造




 

アーチを中心軸に360度回転させたドーム構造
広がろうとする周辺部が閉じているので非常に上からの力に強い

  ―注―
 厳密には、ヴォールト構造(穹窿―きゅうりゅう)とは、アーチ構造の原理を基にした総ての構築物の構造を言うのであり、ドーム構造もヴォールト構造の一つと捉える。例えば、イタリアでは上図のドーム構造は、Volta bacino sferico(円球たらい形ヴォールト Voltaは英語のVault)と言い、狭義のドーム構造とは Volta a vela(帆形ヴォールト)を指す。
 現代では、ドームと言う言葉は、主に半円球になっている構造の屋根や天井をさすが、もとはラテン語でdomus ドムス(家)と言う言葉からきており、ラテン語のDomus Dei(神の家―即ち教会)が大きな円形の屋根を持つことから、ロマンス語化(イタリア語を含めたフランス語、スペイン語、ポルトガル語等)や英語圏に入った時に、ドームと言う単語自体が、主にヴォールト構造の半円球状の天井や屋根を指す様になったと考えられる。
 しかし、イタリア語では、ラテン語の名残が最もあるせいか、ドーム、ドゥオーモは元の意味(Domus Dei)が強く残っており、主に大聖堂、または各町の最も重要な教会を指す。 日本で言うドームは、イタリア語のCUPOLA(キューポラ)がより近いように思える。






 マグサ石(梁)を渡して入り口を作ると、総ての上部の重量は梁に架かり、間口を広くする為に強度を上げようと太くすれば、梁の自重が増えると言う悪循環となり、間口の広さや、建築物の高さに限界がある。また梁を支える柱には、鉛直荷重、即ち、地球に向かって垂直な力のみが大きく架かり、太さが必要となる。
ところがアーチにすると上からの力は、付根の部分で外側に押し出そうとするスラストという力となって分散される。

アーチ形にした竹ヒゴを羊羹に刺して、上から垂直に押せば、アーチ形を保ったまま、下の部分の竹ヒゴは広がろうとする。押した力が、外側に押し出そうとする力に変えられた事になる。
この為に、アーチ構造、ヴォールト構造では付根の部分(両端部、周辺部)が非常に大切となる。
ヴァイオリンでは、横板がこの付根を担っている。

 

サン アボンデオ教会(クレモナ)のマグサ式構造の入口
すべての荷重がマグサ石と柱に垂直方向の力として架かる。



マグサ石の上側は圧縮する力が架かり、下側は石の苦手な引っ張る力が架かるので中央部が割れやすい。

 

事実、サン アボンデオ教会の入口は、中央部に亀裂が入っている







アーチ式構造の入口 




 矢印の石は、最後に入れる大切な石なのでイタリア語では、CHIAVE(鍵)、英語では、KEYSTONE、日本語では要石(かなめいし)、楔石と言われている。
 また、要石は中央にあり左右対称でもある事から、ヤヌスと言うローマ神話の頭の前後に顔を持ち始終をつかさどる神を門戸の神とした彫刻や、番犬ならぬ番獣としてライオンなどの彫刻を施した物がある。

 アーチ型の土台(支保工)を作って、その上に左右から石を積んで、最後に要石いれ、其の後、土台を外すと言うだけの、単純な作業だけに、石の自重を計算に入れた切石の角度と大きさに、素晴らしい石工の職人技が生きる。


 アーチの上部に架かるカは、各石を圧縮する力だけとなって下に伝わり、アーチの付根の部分で外側に押し出そうとするスラストいう力となって分散される
(石の割れる原因となる、引っ張りの力は、何処にも架からない)




 しかも、各アーチを構成する切石を見ると、素晴らしい事に、圧縮による割れを起こさせない為に、各切石の接触面を繋ぐ外側のラインも尖頭アーチとなる



イタリアでは、PALAZZOと呼ばれる石の大きな建物の出入り口の多くは、このアーチ構造が使われている





 ヴァイオリンの四弦の張力は非常に強く、表板には、凄い力が架かっているとよく言われるが、決して、横板にその力が総て真っ直ぐ架かっているわけではない。
この力は、横板や魂柱に鉛直荷重として架かると共に、横板を外側に広げようとする力にも変えられているのである。

ここで横板の形状を考えてみる。(魂柱と力木は要素に入れていない)

  

これら二つの形状で外側に広げようとする力に強いのは、横板が僅かに樽状になった物である。即ち、弦の張力でつぶれようとする表板をよりアシストするのである。

横板は単に、表板と裏板を繋いでいでいるだけでは無いのである。



 ―補足―

 ヴァイオリンのふくらみは、スパン(幅)の割には高さの低い扁平アーチであるから横板を広げようとする力(スラスト)は円弧のアーチより強くなる、この辺に、扁平で低いふくらみが、丸くて高いふくらみより、音にパンチがある理由の一つではないだろうか。
(但し、低い扁平アーチは、丸くて高いアーチより板厚が必要となる)

 ヴァイオリンは軽い方が良い音がすると言う考えの基に、極端に貧蘇なライニング(横板の補強と表板、裏板との接着強度を上げる為に附ける2ラ8mm程度の帯状の木片)を附けると、逆効果になるのも、横板の強度の低下が一因である。

 ヴァイオリンの上部下部の外カーブの横板と反対に、中央C部のくびれた逆カーブの横板も非常に強度に貢献している。


 裏板は魂柱で内側を押されているので、横板を内側に押す力が働くと考えられる。



 また、面白い事に、EUの象徴であるユーロ札は、最高額の500ユーロ札を除いて、総ての額面で表は建築様式別のアーチ構造の門戸、裏はアーチ構造の橋がテーマとなりデザインされている。
ヨーロッパの文化は、アーチによって支えられているのかもしれない。
(500ユーロ札は、例外的に表はガラスカーテンウォールの近代建築、裏は300m程までと言うアーチ橋のスパンの限界を超える、第二次世界大戦後の復興下のドイツより本格的に始まった近代の建造物である斜張橋がデザインされている)

  






 横板をヤスリでゴシゴシ削って、真直ぐにしようとしている製作者の皆さん、今日から横板を、見た目の為に必要以上に削るのはやめましょう。
この行為は、精度を上げて良い楽器にする事にならないのです。
樽状の歪みや、虎杢(木理のうねり)や僅かな虎杢による凸凹は、横板のタワミ強度を上げているのです。


   虎杢(木理のうねり)について
 横板の虎杢も、木理が波板または折板構造になるので横板のタワミ強度を上げている。
この事から横板は、虎杢がある程度あった方が、音響的に有利であると思われる。

  

横板の虎杢を作るうねった木理(上)と、波状の芯で強度を上げている段ボール紙(下)







-追記-

 「ヴァイオリン作りの独り言55 内枠で作る意味」に関して『なぜ内枠の跡が横板に残り樽状になるのでしょうか』、また、『なぜ樽状になると音響的に良いのでしょうか』と言う質問のメールを頂きましたので、「ストラディヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅳ」の補足になると思いここに掲載させていただきます。



 DECAGONの「ヴァイオリン作りの独り言55 内枠で作る意味」で-内枠の跡が横板に残り樽状になる。これが音響的にも利点となる-と書かれていますがなぜたる型になると音響的に良いのでしょうか。
またチェロですと横板がライニング材接着部分を除き内側にへこむように変形すると思うのですが(私の楽器はそう歪んでいます)
それも音響に影響が出るのでしょうか教えてください。
                          




 ご質問の件ですが、 いつも、当たり前のようにしている仕事なので、私のHPの「ヴァイオリン作りの独り言55 」や「ストラディヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅳ」にも『なぜ内枠の跡が横板に残り樽状になるか?』と言うような基本的な記述がなかった事を反省しています。

そこで、『なぜ内枠の跡が横板に残り樽状になるのか?』と『チェロですと横板がライニング材接着部分を除き内側にへこむように変形すると思うのですが』と言う点からまず考えて見ます。



 横板は、高温のベンデングアイロンを使って蒸し曲げします。即ち横板を濡らして、蒸すことで曲げやすくして行います。
そして、乾くと、どうしても曲げが戻ってしまうと言う事と、内枠による製作では、乾く事で縮まり内枠と密着して精度が上がると言う事で、横板が乾かないうちにブロック材に固定、接着します。

即ち、内枠による製作では、湿気で、かなり伸びた横板(紙と同様に、薄い横板はかなり伸びる)は、乾くと内枠の当たっていた部分は縮まる事ができないが内枠のない部分、即ち両端のライニング接着部分で収縮により内側に湾曲する事で樽状となります。



では、逆に中央部が内側にへこむ様に変形する場合を考えて見ます。
この理由は主に三つ考えられます。

1
内枠による製作でも、ライニング材を接着する時に、密着を良くする為にかなり長いライニングを、無理やり嵌め込んだ場合ライニング材の接着部が外に膨らむ事で結果的に中央部が内側にへこむ。

2
あまり、乾燥されていない(伐採後数年)横板を使用した時は、ライニングの付く部分は裏板や表板に接着しているので縮まれないが、中央部は経年変化で縮まるので、結果的に中央部が内側にへこむ。


3
外枠での製作は、乾いた横板を外枠に押し付けて組み、ライニングもある程度外枠に押し付けて嵌め込む事になるので結果的に中央部が内側にへこむ。
(外枠では、濡れた横板を組むと小さくなり、外枠との隙間が出るので必ず乾燥した横板を使う)




 次に『なぜたる型になると音響的に良いのでしょうか?』の事ですが

樽状の物は、口の部分での変形に対する強度が上がります。
即ち、円筒と樽状の筒の口の部分を横に引っ張って変形させようとした時に、樽状の筒の方が強いと言う事です。
これは、缶詰や、ペットボトルに波状に絞りを付けて強度を上げているのと同じです。
(但し缶詰や、ペットボトルの波状の絞りは押しつぶす力に対してでありますが)


そしてこの樽状の筒における開口部の強さが、アーチ構造の為に表板の弦の上からの圧力を横の力と変えたスラストと言う横に広げようとする力により強く対抗します。

即ち、樽状の横板は、横に広がって変形してつぶれ様とする表板をより保持します。

そして、理想的に作られたアーチ構造の裏板や表板において外力による変形が少ないほど、裏板や表板の振動による節や腹の分布は単純で綺麗になると思われます。
(振動による節や腹はないので少し極端ですが、凹んで変形したツィーターからの音がこもる様に)







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ストラディヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅰ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅱ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅲ

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰 Ⅴ



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