DECAGON

HOME



ヴァイオリン作りの独り言


 


目次にもどる

1-10   11-20   21-30   31-40   41-50      



  
11 美人の化粧

12 悲しい木釘

13 桐箪笥とシリカゲル

14 押しと引き

15 木理をよむ

16 木理と割り木

17 1kgから80g

18 5度音程とピタゴラス

19 MSXと純正律

20 製作精度と美しさ








11  美人の化粧

 色々な弦楽器関係の本の中によく二スの話が出てくる。油二スやらアルコール二スやら、云々。
だが二スの下地についてはあまり騒がれない。とても隠れた存在である。
 しかし、この下地が二スのすばらしい色を引き出し、表板の音響特性にも貢献している。そして、この下地剤には、卵白、膠、大豆の煮出し汁、漆、カゼイン、砥の粉、シリカート、プロポリスなどなど。日本の渋紙を作る柿渋も、とても素晴らしい不思議な防水、下地剤だ。(私もヴァイオリンで何度か試した事があるが)
 最近、日本でも人気のプロポリスが、エジプトでは、4500年以上も前から下地剤に混ぜて防腐、防カビ、防虫、防湿、防硬化剤として使われていた。私は、クレオパトラの練香のようなキフィ にもこれが使われていたのではないかと思っている。
 化粧上手な美人は下地がいかに大切か知っている。



養蜂の盛んな西洋ではプロポリスもよく使われる
写真は南米産のプロポリス(左)、クレモナの近くの養蜂所の物(中)と東欧産(右)
プロポリスの使用例

TOP







12  悲しい木釘

 若い製作者と18世紀の楽器の展示会に行った時のことである。
彼は楽器の裏板を見て「上下に再接着用の木釘がありますね」 と言った。
私は「それなーに!」と言った。彼は、「裏板を最終的に貼る時、便利なように打つんです」と言った。(インターネットのある製作者のホームページで見たのだと言う)
 ほとんどのクレモナの製作者もそのように考えている。
確かに副次的には、その意味もあるが、本来は胴板を裏板の上で歪ませる為の回転軸にした釘の後に入れた埋釘なのである。(この回転軸にした理由として釘を上下で左右に中心線から外して、歪ませやすくした楽器もある) 俺の役目はそんな所にあるんじゃないと言う木釘の声が聞こえてきそうだ。 (拙著"ヴァイオリンのF孔"の1章を参照 拙著の紹介
もしも固定の為ならば4個のコーナーにも打ったら便利だ。
 古い方法を理解していると思い込んで、昔の人より、より高度な社会に生きていると言う現代人の考えからは、17世紀の職人の心意気は理解できない。高度な情報化社会は病気(間違った情報)の伝染にも一役かっている。
 写本が宝物であった時代と異なり、情報量と質は比例しないのである。

―注―  表板の釘は、下記の十字型の中心線を出す為の定規の釘で開いた穴を利用して、表板の形を胴板より木取る時に位置を安定させる為に使用した釘の後の埋釘である




木釘の位置(A,B)
未だに解明されていないPHANTON PINとして見られる裏板中央部の穴は、深く入れた釘Eによる物ではないかと私は考える。
拙著『ヴァイオリンのF孔』の導入部を読む

TOP









13  桐箪笥(タンス)とシリカゲル

 私が弦楽器製作者になる前に、美術品の保存の仕事に興味を持っていた事を知った若い製作者が、「楽器ケースの中に乾燥剤を入れるのは、意味がないのですか」 と聞いた。
(これもインターネットのある製作者のホームページで見たのだと言う)
私は、「乾燥剤ってなあに!」と聞き返した。
彼はがっかりした顔をして 「知らないのですか!」と言った。

 乾燥剤と言うと生石灰(酸化カルシウム)で、よく煎餅や海苔の中に入っている、吸湿すると発熱を伴って膨らむ大きな袋である。
これを、楽器ケースにいくつも入れたら一時的に相対湿度を下げ危険である。
 またシリカゲルは、乾燥剤と考えるより反応の良い緩和剤と考えるべきである。
(楽器には、カメラやレンズと異なり適度な湿度が必要であり、シリカゲルを乾燥剤と捉えている製作者が間違いなのであるが、、、)
相対湿度40%の部屋に長く放置したシリカゲルを湿ったケースの中に入れれば平衡緩和作用で吸湿する、カラカラに乾いたケースの中に入れれば放湿する。
 木も平衡緩和作用の速度は遅いがシリカゲルと同じで吸湿、放湿作用があり、木製の芯材のケースも、軽量と言うメリットで普及している発泡スチロール等の芯材のケースとは違い、少しは意味がある。
但し、一般に木製の箱は放湿は速いが、吸湿は遅いので、ムレの原因になる場合もある。
 この相対湿度の変化を緩和することに意味があるので、ドライフラワーを作る時の様なカラカラのシリカゲルを沢山入れたら大変な事になる。
 シリカゲルの種類、品質にもよるが、相対湿度40%~50%位の部屋に2~3日放置した物を1立方に1キログラム(楽器ケースで30グラム位)で入れてやると急激な相対湿度の変化を1/10位に押さえる効果はある。
新しい木製芯のケースも使用する前に接着剤の有害なガスを出す為もかねて、相対湿度40%~50%位の部屋に4~5日開け放してから使うと良い。そして、1週間に1度くらい天気の良い日に2~3時間開いておくと良い。
 西洋人なら貴重品を入れる箱を作るのに硬くて丈夫な紫檀や黒檀を使うであろうが、正反対に日本人が箱や箪笥に桐を使ってきたのは、軽くて緊急時の移動性がよいと言う事以外に、発泡スチロールのように外力に対して柔らかい桐が傷つく事で中を守る衝撃吸収効果、火にくべてもヤニが少なく木質部に空気室があり熱が伝わり難く直に火が回らないで表面が燻る断熱、防炎効果、水に落とすと直に表面部だけが吸水膨張して合わせ口を塞ぐ防水効果、そして最も重要な事は、耐水耐湿性でありながらムレにくいと言う事、即ち外気の温湿度変化に対して断熱効果で中の温度の変化を押さえた、非常に反応の早い湿度の平衡緩和作用なのである。

 -注-
 長期間、楽器を弾くことなくケースの中に入れておくと、膠、弓の毛、ガット弦など蛋白質で、できている物が痛むので、直射日光の入らない部屋に、ほこりカバーをかけて吊るしておく事が、楽器にとって一番である。ただし、冬の加湿なしでの強い暖房は、相対湿度が下がり過ぎるので注意が必要である。
(硬くて丈夫なカーボンファイバーでなく、桐の芯材のケースを開発するようなケース屋はないのだろうか???)



油桐の種から取れる不思議な桐油(TUNG OIL)
桐油と言っても桐の木から取るのではなく、油桐と言う別の木の種から取るのであるが


TOP





14  押しと引き

 よく知られている事だが、西洋では一般に鉋、鋸は押し使いである。日本では、引き使いである。(例外的に鉋の刃を入れる押溝を切る鋸や、突き回し鋸があるが)
 ヴェニスのゴンドラの水夫は立って、押して漕ぐのである。
押し使いの方があらく(荒く、粗く)なるが馬鹿力が入り効率が良い。これは足が支点となっているからである。日本の鋸の引き使いは、中世以前より座して作業する事が基本であった為に、おもに腰と肩が支点となり、薄い身(刃)で正確に挽くのにむいている。
 西洋人に日本の鋸を貸すと、アサリの少ない良い鋸(硬度が高い)ほど、よく割られてしまう。押す時に力が入り過ぎ、たわんで、硬くて薄い身がパッリといく。
 ところがナイフは逆に西洋では引き使いなのである。製作学校に居た頃、鉛筆を押しで削っていたら、前の席に居た友人に 怖いなー!と言われた。弦楽器の駒も親指をストッパーにして、引き使いで削るのである。ナイフは自分自身に向けて使うのである。
 この押しと引きの中に西洋人と日本人との感性や文化の違いを感じるのは、私だけだろうか?。



駒もナイフで親指をストッパーにして引き使いで削る

TOP






15  木理をよむ

 私が趣味でカスタムナイフを作っていた事を知った友達が金工と木工ではどちらが大変か訊いた。
一見、金属の方が力も要るし硬くて大変なような気がする。しかし、木材には年輪と木理(木目であり、一般には年輪も含むのであるが、ここでは、繊維の方向と言うものに限定してあえて独断で別けた)と言う厄介な物がある。年輪は四季がもたらす気温の年較差による形成層の活動の違いで出来る硬い所と軟らかい所であり、木理は木部繊維の方向である。年輪は一目で判るが、木理はよく見ないと判らない。
この木理が曲者で、鉋がけや鋸挽きをする時には、この木理を読む事から始めなくてはならない。どんなに切れる鉋でも逆目では綺麗に削れない。
 日本人は西洋人に比べて箸から家屋まで木に親しんできただけに、木理をよく理解している。日本の木工具が優れているのも木理を熟知しているからだ。縦挽き鋸はノミのように繊維を掘って掻き出し、横挽き鋸はアサリのついた裏刃が切り出しのように繊維を切るようになっている。
 木理は厄介物だが、木工の醍醐味でもある。




鋼材は硬いが均質であるから、その意味では木材よりも加工が楽だ。
作りかけたままになっている1978年製の最後のDropped Hunter ナイフ(著者作)
焼き入れはしていないが、弓鋸だけで8㎜厚の440cと言う鋼材を切り出してある
Lovelessと言う製作者にあこがれて二十歳代にしていた作業で、今は体力的に無理だと思う
ポケットナイフを含めて、70年代に28本ほど製作したのを覚えている





縦挽き鋸と横挽き鋸


TOP






16  木理と割り木

 私が、ヴァイオリンの内側のブロック材の仕上げをしている時に、ある若い製作者が来た。彼は、私がブロック材をノミで押し割った後、軽くノミを通して終りにしたのを見て、紙やすりをかけないのですか?、意外と手抜きですね!と言った。
彼は、私がブロック材を、ロスがでるが割り木で取っていることを知らない。私は、窓の外に三年前から置いてある、二つの木片を取り、彼に見せた。一つは割り木で面が取ってあり、もう一つは鋸挽きの後、紙やすりがかけてある。割り木は強度が高いだけでなく、虫や風雨にも強いのである。良いゲンノウ、ノミの柄は、ロスがでるが樫材などを割り木で取っている。
割り箸が、きれいに二つに割れない食堂なんて不味いにきまっている。
 私は、魂柱も市販の挽き物でなく、古い表板から割り木で取った後、丸棒にしている。時間がかかり、無駄な部分がでるが、木理が生きるのである。

 



ノミで押し割った後、軽くノミを通して仕上げたブロック材


TOP






17  1kgから80g

 仕事をしていて時々思うのだが、弦楽器製作は地球の環境にやさしくないなと!。
ふくらみがある為に、3~4ミリの厚さの板を作るのに、数センチもある板から削り出され、ほとんどが木屑となる。選び抜かれた1kg近くもある割り木から80gも使わないのである。なんと無駄な事だろう。
しかし、このふくらみがある為に弦の張力による膨大な圧力に耐え300年以上の使用が可能となるのであるが.....。
こんなに地球の資源を無駄にするのだから、いつも少しでも良い物を作って行きたいと考えている。
 演奏家も、こんなに多くの木を使っている弦楽器を大切に使って欲しい。



割り木の表板材


TOP






18  5度音程とピタゴラス

 ヴァイオリンを調弦(5度音程、コントラバスは4度)していると、時々、ピタゴラスを思い浮かべる。
紀元前5世紀の古代ギリシアの哲学者、数学者である。彼は、一本の弦を張った板の上に駒を色々と移動させてオクターブや2音間の音程を発見したのだ。
弦長を2:1で分ける所に駒を置けば2音はオクターブ(8度)をなす。 2:3の所に駒を置けば2音は5度をなす。 3:4の所に駒を置けば2音は4度をなす。 4:5の所に駒を置けば2音は長3度をなす。 5:6の所に駒を置けば2音は短3度をなす。
 そして、彼は二つの比が単純(数が少ない)なほど2音が華麗であると感じていたのである。
勿論、ヴァイオリンの5度音程(3:2)での調弦は演奏上のメリットもあるが、2500年以上も前に5度音程の素晴らしさを知っていたと思うとピタゴラスは凄い哲学者である。

各音の周波数表が付いた拙作、音叉発振器ソフトのダウンロードのページを見る




モノコード


TOP






19  MSXと純正律

 80年代の初めにMSXと言うパソコンが売り出された。CPUにザイログ社のZ80(3.58Mhz)と言う物であった。RAMが64Kバイトである。今から考えると信じがたい数字である。
しかし、このパソコンはアスキー社の推奨する世界統一仕様を実現していた。外国に住む人間にとって、とても利点があった。 89年に発売されたMSX2+は、ヤマハのとても良く出来たFM音源IC(YM2413)をBASICのミュージック マクロ ランゲッジを使用してTEMPER(音律)の設定が簡単にできた。
 ピタゴラス、ミーントーン、ヴェルクマイスター、平島達司氏修正ヴェルクマイスター、キルンベルガー、平島達司氏修正キルンベルガー、ヴァロッテイ ヤング、ラモー、完全平均律、純正律c,cis,d,es,e,f,fs,g,gis,a,b,hである。
 今のパソコンはインターネットの普及で家電となって、マニア的な面が薄れている。パソコンで簡単にMIDI演奏が出来て素晴らしいが純正律を使うには音律ごとに、スケール チューン機能(エクスクルーシブ・データとして送信)を使って設定しなくてはならない。純正律は、転調の多いい近代音楽には無理なのだろうか。
 一部の古典音楽を純正律で聴きたいと思う私は、古いのだろうか......。

 純正律cの完全平均律との僅かな違い〈数値は平均律の半音を100とするセント、1オクターブ=1200セント)
C=0、 C#=-8、 Di=+4、 D #=+16、 E =-14、 F=+2、 F#=-10、 G=+2、 G#=+14、 A=-16、 A#=+14、 B=-1

純正律cと完全平均律の周波数を簡単に計算できる拙作、黄金比CALCのダウンロードのページを見る



CPUのZ80




―補―
 1993年にWINDOWS 3.1が発売され、95年にWINDOWS 95が実質的に普及するまでは、世界のパソコンは各機種ごとに、個別のOSを持っていて、漢字の描画は、ROMというメモリーに入れてある物を呼び出して行っていた。この為に使える漢字フォントは、数種類であった。
 MSXは、ゲーム機的の要素が強かったが、WINDOWSのコンセプトである、世界統一仕様(世界制覇)の考え方をWINDOWSよりも10年前に行っていたのである。しかし、8ビット機では、ハードが発想についていけなかったのである。


TOP







20  製作精度と美しさ

 人間の五感はとても感度がよい。紙の上の数十ミクロンの毛も感じ取れ、蚊の羽音も聞こえ、定規を横から見れば僅かな狂いも判り、獣ほどではないが、鼻も利く、熟成された酒のうまさも判る。
 しかし、五感は非常に自分勝手である。平行な線がたわんで見えたり、人の声が聞き取れなかったり、厚いものを持った時に数ミリの違いを感じ取れなかったり...。
 ヴァイオリンの糸蔵のラインも完全な直線のハの字型にすると痩せて見える。ギリシアの古代神殿のドーリア式円柱のように僅かな中膨れが必要である。日本人製作者の楽器が精度がよく、綺麗に作ってあるのに、暖かさと訴えるものが少ないのもこの辺に理由があるような気がする。
 ただ真直ぐに引いた線に沿って削るのではなく、自分の目で見て、線を作るのである。
 



完全な直線に彫ったラインと、僅かにたる型のライン


TOP






目次にもどる

1-10   11-20   21-30   31-40   41-50  







独断と偏見に満ちていますが、独り言と思ってお許しください。また間違いの点や御意見がございましたならば、下記まで

E-MAIL を送る







本(ヴァイオリンのF孔)の紹介

著者の弦楽器関係拙作フリーウェアプログラム+アルファ

ヴァイオリンを選ぶ時



HOME