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ヴァイオリン作りの独り言




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1-10   11-20   21-30   31-40   41-50  




21 弓とイタリア人気質

22 弦楽器製作の正と誤

23 教える事は見せる事

24 禍福とヴァイオリンのフチ

25 石畳とフチの仕上げ

26 傷か?証しか?

27 チーズと膠

28 分数楽器と数学者

29 戦争と弦楽器製作

30 火に掛けるベンディング アイロン












21  弓とイタリア人気質

 ストラディヴァリはかなりのバロック弓を作っているが、現代の著名な弓作りに、イタリア人はいない。
これは、弓を逆反りにする事が近代のフランスで発達したと言う理由によるだけでなく、弓作りとヴァイオリン作りの仕事の質が、根本的に異なっている事によると思う。
 弓作りの仕事は、非常に高い精度で、ある値に、削っていく作業が主で、失敗は許されない。 ヴァイオリン作りの仕事は、材料に合わせて、値を作り出して行く作業で、0.1ミリ削りすぎても何とかなる。またヴァイオリンの材料には、弓の材料と違い、このような木が最高と言う物がない。製作者の求める音に合わせて、材料や板厚が決められる。
 ヴァイオリン作りの仕事は、弓作りより、おおらかと言うか、いいかげんで良い。 いいかげんで良いと言うとヴァイオリン作りから怒られそうだが、確かに、緊張感は少なく、自由である。
 澄み切った青い空、豊かな大地で育ったちょっといいかげんで、おおらかなイタリア人にヴァイオリン作りは、向いているのかも知れない。



ストラディヴァリのバロック弓と型


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22  弦楽器製作の正と誤

 弦楽器の製作には、色々な方法がある。ある方法が間違いで、ある方法が唯一正しいと言う物ではない。出来上がった物がヴァイオリンの形をしていればそれで良いと思う。
 しかし、300年以上も前に作られたある一部の楽器が、どうしてこんなに高く評価されるのだろうと考えた時、それは商業目的で作られた固定概念なのだろうか?。
これらの楽器の工作精度は、現代の単なる綺麗さだけを求めた精度の高い楽器から見たら、アマチュア以下だ。(失礼!アマチュアは自称プロと称している製作者より、ほとんど良い楽器を作る)
 では、何があるのだろうか?
それは、楽器を作る事に対しての発想、価値観の違いであると思う。機械的な中心線や、対称性、均等性は楽器にイブキを吹き込まない。それは、沢山の仕事をこなした手から作られる力強い自由なリズムのある動きである。現代人は歪んでいたり非対称を恐れすぎている。
確かに歪んだ非対称な自動車は売れないだろうが(どこかの自動車会社で生産したら面白いと思うが)、ヴァイオリンの奥には、調和のある非対称は、存在していて良いのである。


左右非対称なA.STRADの楽器(CREMONESE 1715)


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23  教える事は見せる事

 私は今までに1人だけ弟子取ったことがある。其の時、教える事の難しさを初めて知った。
私は自分の基準で相手を考えてしまう。教えた事ができないのを見ていると、自分だってそのような時期があったのに、苛立ってしまう。出来て当たり前と言う考え方が強すぎる。私は良い指導者にはなれないのである。
 しかし、最近少し考え方を変えた。教えようとするからうまく出来ないので、ただ見せる事で教えれば良いのではないかと。
 職人の仕事は、教えるのに言葉はいらない、見せるだけで良いのである。
才能のある弟子ならば、ダ ビンチのように、それを見て、私を超えるだろう。無責任かもしれないが、最高の指導法である。
 こんなふうに考えている私の所に、若い製作者がある事を訊きに来た。私は説明したい気持を抑えて、さっそくやって見せた。
 彼曰く、もっとゆっくりやってください、見てても解らないですよ.....
嗚呼.....


レオナルド ダ ビンチの肖像画
(レオナルド伯父であるとも言われる Torino Biblioteca reale)


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24  禍福とヴァイオリンのフチ

 私は、ヴァイオリン属の大きな進歩の1つに、ギターやガンバ、ヴィオール属と違い表板と裏板にフチを付けた事であると思っている。表板や裏板を胴板のラインより少し外にはみ出す事により、磨耗や衝撃から振動する板の部分を守り、また修理や力木の交換で剥がしたり貼ったりする事を可能にしている。正にヴァイオリンを長寿にしているのは胴板から数ミリ飛び出たフチなのである。
(木材で作られているとか、膠の使用や、共鳴板に膨らみがあると言う事は、ヴァイオリンを長寿にしている必要十分条件ではない)
 ところがこのフチが近代の製作法においてヴァイオリンを価値の低い物にしてしまった。フチがある為に胴板と、表板や裏板を別個に作っても何とかなるのである。一台一台、変化のある胴板に裏板や表板を貼ってから、胴板に合わせて外郭のラインを決める面白さが忘れ去られた。其の点では、ギターのほうが幸せである。フチがないので、いまだに胴板に合わせて表板や裏板を仕上げなくてはならない。
 ヴァイオリンの最大の利点であるフチが、いつのまにか量産や安易に作る人々にとっての便利な物となってしまっている。


フチのないヴィオラ ダ アモーレとヴァイオリンのフチ


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25  石畳とフチの仕上げ

 イタリアでは、市中のかなりの道が石畳である。丸いゴロタ石や四角い切石を綺麗に並べたものである。旅行者にとっては、町の雰囲気には良いが、雨が降れば滑るし歩き辛い。
この石ころを一日中、素晴らしい造形感覚で打ち込んで行く職人が未だにいる。
一日一人、20平米ぐらいしか舗装できないので、かなりの日数がかかる。時代遅れのようだが、アスファルト舗装と違い、下水工事などで掘り起こしても再利用ができるし、道も水を飲んだり、呼吸したりできる。
 ヴァイオリンも剥がした表板や裏板がフチがある為に再利用出来ると言う点で、得をしている。
 しかし、最近の楽器は製作者がこの利点を理解していない為か、このフチに平らな所がない。フチが綺麗に胴板の所から丸めてある。これでは再利用の時(また貼り付ける時)に、僅かにずれたら上手く行かない。
平面を残さず胴板の所から丸め方が綺麗だと勘違いした無知な親方が始めたのかもしれない。
 平面が残っていると、楽器をよく知らない人が見たら、手抜きのように思えるが、実は残っていないと300年の使用に耐えないのである。




素晴らしい造形感覚で切石を打ち込んで行く職人
イタリアには、アッピア旧街道に見るように古代ローマより敷石による舗装の歴史がある




平面が残っているフチ



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26  傷か?証しか?

 ある時後輩の製作者が、私の楽器を見て、ネックを何処かにぶつけたのですかと訊いた。私は意味が解らず自分のネックを見た。
私の目には、何処にも傷はない。中心線上の黒い点は、コンパスの針穴だし....。
 ほとんど現代の製作者は、ネックの正面のラインを薄いプラスチック製の靴べらのような型紙を当てて罫描いている。作業としては1分とかからない。
300年前の著名な製作者は、一台ごとに、コンパスを使って数個の円弧を中心線上に描くことによってラインを求めている。彼らが型紙の使用を知らなかった訳ではない。
型紙から描かれたラインは、食って(中に入る)しまえば消えて左右を合わせられない。円弧は、自由な幅で左右を合わせると言う事を簡単にさせるのである。この円弧で描かれた外郭からは、ラインを今回は少し細く変えて見たいと言う創造的な気持ちが活かせる。
昔の製作者は、何かを求めて今度はこのように変えたい、と言う気持ちが強かったのかもしれない。
 線に合わせて、早く同じ物を作るという現代の発想(勿論、昔の製作者も早く、沢山作りたいという気持ちはあったが)からは、一台ごとにラインを自分の目で見て変えて行く事の面白さは理解できない。


円弧によるデザイン(中心線上にコンパスの針穴が残る)




中心線とコンパスの針穴が残るヴィオラ Medicea 1690 A.Strad
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27  チーズと膠

 セメダインしか知らなかった私が、膠を知ったのは日本画、木彫を習い始めた15歳の時である。
師匠のアトリエがいつもなんとなく変な匂いがすると思った。
棒状の三千本膠を自分で溶かして初めて、匂いの元が解った。
 一般に現代のヴァイオリン製作には、膠が使われる。しかし、もしかしたら300年前の一部の製作者たちは、カゼイン糊を裏板や表板のはぎ等に使っていたのではないだろうか。なぜならば耐水性があり、室温にあまり影響されないカゼイン糊は、その時代の絵画、指物において多用されていた。またイタリアのパルメザンチーズから最高のカゼイン糊ができる。
 だが、この耐水性と硬さ〈皮膜がもろい)と非保存性(エポキシ樹脂の接着剤ほどではないが、カゼイン粉にアンモニア水を混ぜて作ったカゼイン糊は短時間の内に使わなくてはいけない)のために膠に取って変わられたのではないだろうか。
 カゼイン糊は膠と少し違った化学的な、不思議な接着剤なような気がする。



イタリアのパルメザンチーズ(Parmigiano reggiano)製造組合の証印
30ヶ月以上熟成させた物は、高価ではあるが、中にアミノ酸の結晶ができ、非常においしい


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28  分数楽器と数学者

 ヴァイオリンは幼児期からの練習が必要なためか分数楽器が非常に発達している。
そして、この分数楽器のサイズは各国で多少の違いがある。
 この事について分数は実際の大きさを表わすのではなく、慣用的に小さい物を1/2(呼び方)として始まったと言う意見を聞いたことがある。
 しかし、ヴァイオリンのように幾何学的、数理的な楽器をこの考えで片付けてしまうのは、少しかわいそうだ。
 私は、拙作のプログラムでも使用している様に、平方根の平方根(体積比ではない)であると思う。
ではなぜ各国で多少の差異があるのかと言うと、まずヴァイオリン(4/4)の大きさ自体まちまちであった事。次に、私の個人的推測であるが、分数楽器の係数を求めるのに電卓のない時代に平方に開くと言う事は楽器製作者にとって簡単な事ではなく、これは、この時代の数学者〈建築家でもある)によって作られたy=sqr(sqrx)のグラフの型紙を折り紙の様に折って求めたのではないかと思われる。差異は、この型紙を次々と写す時に、特に小さい楽器(カーブがきつい)に多く生じた。
 また、この型紙を半折にしていく方法は分母が2、4、8、16、32と2の累乗である事、分子が1、3、5、7の奇数である事の説明がつく。
 この型紙が何処かで発見されるまで私の独断であるが.....




y=sqr(sqrx)のグラフ

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29  戦争と弦楽器製作

 ヴァイオリン製作には、日本の伝統的な木工と違い、スクレーパーと言う鋼板を、脹らみや板厚の仕上げなど色々な作業で多用する。ちょうど刃物の返り(バリ)でキサゲルように削るのである。
このスクレーパー、現代は0.2から1.5ミリ位の均一な鋼板を使うが、300年前の楽器製作者たちは、クレモナのストラディヴァリ博物館に見られるように、断面が楔形の鋼材を使っていたようだ。
よく見ると、これらは刀剣の一部である事がわかる。
 北イタリアには、数多くの古戦場がある。これは、都市国家間の抗争や、外国からの侵略によって多くの戦争があった為である。
これらの戦争によって沢山の死傷者と、破損した刀剣類が山のように出たと思われる。この事によりクレモナの楽器製作者たちは、最上の鋼材のスクレーパーを安価に手にすることが出来た。
 平和の象徴のような弦楽器が、その製作のおいて戦争の落とした鋼材(功罪?)に与っていると思うと不思議な気がする。




ストラディヴァリのスクレーパー






色々な形をした現代のスクレーパー

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30  火に掛けるベンディング アイロン

 ヴァイオリンを初めて製作する時に、大きな難関の1つは、胴板を何を使用して曲げるかである。約1ミリ強の厚さに削った胴板を、熱い金属に当てて蒸し曲げするのである。勿論、専用のアイロンを買えば良いのであるが、入手し難く、かなり高価な物である。
私は,この手の機械を作るのが好きで、真鍮の棒にカートリッジヒーターを入れて自作した。そして、この自作のベンディング アイロンをトランクの中に入れてイタリアに持ってきた。
 はじめは、電圧を100ボルトに落として使っていたが、トランスが壊れたので、しかた無しにクレモナの道具屋で火に掛ける鉄の塊に柄の付いただけの一番安いベンディング アイロンを買った。慣れるまでは、加熱しすぎたり、冷えすぎたりで、サーモスッタトに頼ってきた人間には、不便であった。しかし、数台の楽器を作ると、慣れて、シンプルな火に掛けるだけのベンディング アイロンのファンになってしまった。サーモスッタトに頼っているとなかなか身に付かないが、温度も水滴を掛けてみれば、ジューという音と水の跳ね方で判る。胴板を当てた時、温度の適度の下がりが、とても自然に曲げられる。
 今は、ほとんどのクレモナの製作者も、ドイツ製のサーモスタット付きベンディング アイロンを使うようになったが、私は未だにこのシンプルな20年以上も前に買った鉄の塊を愛用している。


 

カートリッジヒーターを入れて自作したベンディングアイロンと鉄の塊

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