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ヴァイオリン作りの独り言






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1-10   11-20   21-30   31-40   41-50     



31 弓ネジにおける大刀と合口

32 職人でいる事

33 形は型から

34 型紙の違いは発想の違い

35 精度から調和へ

36 浅い溝と陰影

37 陰影を生かす

38 はじめから小さいボタン

39 ヴァイオリンは特別?

40 石工はハンマー、大工はこん棒











31  弓ネジにおける大刀と合口

 私は、クレモナに来て、弓の材料であるフェルナンブーコのアレルギーになるまで、7、8年間、弓作りを副業としていた。弓は製作所要日数も少ないし換金も楽器より簡単であったからだ。この弓製作中、一つのこだわりをっ持って部品である弓のネジも作っていた。
 そんな私が、ある製作者のホームページで『弓ネジの製作方法に見る、弓のグレード』という記事を見つけた。やっとあのこだわりが少し日の目を見るようになったのかと思いつつ、記事を読むと、そこにはただ単に、材料の8角プレスチューブと丸チューブの優劣しか書いてなかった。
スターリングシルバー(925/1000の銀合金)やメダル用シルバー(800/1000の銀合金)の8角プレスチューブは、洋銀(ニッケルと銅と亜鉛の合金)の丸チューブから8角にしたのよりグレードが落ちるのだろうか?。私のこだわりは、この事ではないが、、、

 弓のネジには、鍔のように8角でない丸い部分がある。このリング状の部分を、8角に削る前に作るか、後で作るかが、真の意味での弓ネジのグレードである。(もちろん8角プレスチューブでは、すべて後でリング状の部分を削る事になる)
量産品の弓や半完製品の部品を付けている弓は、ほとんど8角に加工してからリング状の部分を旋盤で削り出す。このためにリング状の部分は、8角のラインに内接する小さな円となる。合口のように鍔がないのと同じである。
 もう1つの方法は、丸チューブから先にリング状の部分をチューブの直径を保ったまま旋盤で削り出し、1つ1つ、このリング状の部分を削らないよう気を付けながら8角の面を削り出すのである。リング状の部分は、8角のラインに外接する大きな円となる。この小さなこだわりのために、8角の面を削り出すのに何倍もの手間がかかるが、見た目では、大差なく、むしろリング状の部分が大きく不細工かも知れない。
しかし、この少し大きく作ると言う、小さな違いが大刀の鍔のようになって、ネジのあたる弓の木口の部分を保護するのである。




スターリングシルバー製のプレスによる8角チューブ
8角に削る手間は省けるが、黒檀の心材を作るのが意外と大変




リング状の部分が、八角形のラインに内接する小さな円で、鍔の役目を果たさない。
八角形にしてから、リング状の部分を挽いてある




リング状の部分が八角形に内接する
リングの直径は八角形の最大幅より小さい






リング状の部分が八角形に外接する
リングの直径と八角形の最大幅が同じ






リング状の部分を挽いてから、八角形にしてあるために、
弓材の八角形に外接する大きなリングとなる
(弓材のかどの部分を大きなリングが保護する)



F .TOURTE          F. NICOLAS VOIRIN





LUCKE Tinoの弓

若手のドイツ人製作者であるが、良い弓を作る

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32  職人でいる事

 イタリアでは、椅子、テーブル、タンスは、あたりまえだが生活必需品であり、よく古い物を修理して使う。私のアパートの椅子やタンスも100年近くたっている。
 これらの家具を修理するおじいさんが、近くに住んでいた。仕事場は、子供のオモチャ箱をひっくり返したように、色々な物が所狭しと転がり、ひいお祖父さんからの作業台は、膠やカゼイン糊で真っ黒、角は磨り減り、まるで丸く面を取ったようであった。
 このおじいさんの所に時々、ヴァイオリンの修理がきた。けして高い楽器ではなかったが、彼は、家具と同じように心をこめて修理していた。
 一部の現代の製作者は、ヴァイオリンを作ることを、特殊な事に考えすぎている。ヴァイオリンの製作自体は、木を貼る、切る、削るだけであり、中学校の木工程度で十分だ。ただそれを仕事として、朝から晩まで、モノを作り出す事が好きで一生続けて行けるかが、適正の問題で重要である。
この適正がない製作者ほど、特殊な仕事をしていると思いたいのかもしれない。
 ヴァイオリン製作者もここでは、家具作りや、左官と同じ職人である。




今は、息子が働く彼の仕事場

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33  形は型から

 一般に、現代製作者がヴァイオリンを作る場合、コピーと言って完全にオリジナルの楽器の持つ、歪みや、ニスのハゲや、傷まで真似て本物と見間違うほどの物を作る場合と、何々モデルと言って、ある楽器の形だけをまねる場合がある。この形をまねる場合、普通、楽器の右か、左の半形を取り、その半形を線対称に反対側に写す事になる。またF孔も、どちらかの側(普通、痛みの少ない左側、右側は魂柱の出し入れで傷んでいる)を写して、それを中心線に合わせて線対称に取る。
 しかし、これでは、どうやってもオリジナルの持つ型のすばらしさは、写せない。なぜならば、完成された楽器の形は、左右に変形させられていて、型の形とかなり違う。左右のF孔も、左右のC部の外郭の歪みや、傾斜に合わせて、それぞれの位置と傾きを持っている。
 では、どうしたら良いのか? それは、歪ませる前の形を製図上で求めるか、若しくは、ストラデヴァリのように使用した内枠が残っている場合は、その内枠から形を写せば良い。
 ただし、F孔の位置は自分で作図することになるが、、、




CREMONESE(ストラデヴァリ)に使用したG型
数多く残るストラデヴァリの内枠の1つ

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34  型紙の違いは発想の違い

 19世紀のフランスの本にも出ているように、現代の製作者は中心線に合わせる、透かし彫りの様に中をくりぬいたF孔の型紙(内型紙)を使う。
 350年前のクレモナの製作者は、F孔の、くりぬいた部分(外型紙)を使う。この型紙には、中心線の概念もなければ、キリカキの位置もない、ただ上下の円孔に合わせて使うだけである。上下の円孔の位置がずれて、傾きが大きくても自由にデザインできる。正に、左右のC部の外郭の歪みや、傾斜に合わせて使える、スーパー型紙なのである。




19世紀のフランスの本にも出ている中心線に合わせる型紙






ストラデヴァリの使用したくりぬいた部分のF孔の型紙

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35  精度から調和へ

 日本人は元来、器用なせいか、20~30本もヴァイオリンを作ると、かなり綺麗で精度の高いものができる製作者になれる。
そして、この時期が一番、表面的な精度に拘る様になる時期であり、とても大切な時期でもある。
 それは、単なる精度を求めて作り続けるか、真のヴァイオリンの美しさを求めて作るように成るかの別れ道に立つ時期である。日本人は、元来の器用さが災いしてか、ほとんど精度の道しか進めない。物が存在する時の自然との調和の大切さを見失ってしまう。アルティジャーノ(職人)はアーチストである必要はないが、物を作ると言う事の中には、調和を知ることの感性が必要である。




聖アボンデオ教会の歓びのマドンナ(クレモナ)

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36  浅い溝と陰影

 初めてアテネのパルテノン神殿の柱を見た時、とても感激した事を今でも思い出す。夕日を受けたドリス式の柱は美しい陰影を持って、私の長い間の疑問を解いてくれた。
 私は、ヴァイオリンを作り始めて以来、ネックの2本の溝の深さに悩んでいた。
一部の製作者は、しっかり彫ると言う理由で溝を非常に深く丸く掘る。そして深く丸い方が綺麗であると主張する。
 しかし、クレモナの300年以上前の名匠たちのネックの溝は、決して深くない。溝と言うよりフチがちょっと飛び出している感じである。

 浅い溝の方が、陰影がはっきりと浮かび上がり綺麗なのである。シチリアのセジュスタの神殿やポンペイのアポロンの神殿に見るように、ローマ人は紀元前にギリシャから陰影の生かし方を学んでいるのである。




アポロンの神殿の柱(ポンペイ)






ストラデヴァリの浅い溝(Toscan)

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37  陰影を生かす

 夏のイタリアの町を散策する時は、朝早くか、夕暮れが良い。これは涼しいからだけではない。門、窓、屋根、壁、人間(?)、町並み全てが陰影に富んでいるからだ。日の出のミラノ、夕暮れのフィレンッセ、光が全ての物の存在感を何倍にもしている。
 教会の彫刻も、ステンドグラスから射す光の中で素晴らしい陰影を作り出す。ローマのパンテオンの天窓も、ドーム型の室内に綺麗な陰影を見せる。
 ヴァイオリンも、4つの角を持つくびれた形、綺麗に隆起したふくらみ、流れる渦、アクセントとなるフチ、跳ね橋のような指板、生き物のような駒、と陰影に富んでいる。
 この楽器の特殊性は音色だけでなく、美しい陰影にも有るのかもしれない。



ミケランジェロのピエタ(サン-ピエトロ寺院)

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38  はじめから小さいボタン  

 職人は、徒弟中、親方に従う事が基本の為か自分で考える事が欠如している事が多い。これがヴァイオリンの世界に間違った固定概念がはびこる理由でもある。
私も、裏板のボタンの所(ネックの付け根)の黒檀のリングが長年の修理による消耗を補正したものであると聞き、そのように信じてきた。しかし、先の事が原因である楽器も勿論あるが、16~18世紀の一般に言うバロック ヴァイオリンは、拙著「ヴァイオリンのF孔」にも書いたように、製作の段階で現代の楽器(半径約11ミリ)よりボタンが小さかった(半径約9.3ミリ)。 
 【 現代の楽器のボタンが、ネックの厚さの扁平化や固定法の変化によって、大きくなったと考える方が正しいが..】
 このため現代式のネックに差し替えるにあたって、付け根のカーブのラインを現代風にどうしても合わせたい場合は、約2mmのリングが必要となるのである。

―補足―
 もしも黒檀のリングが長年の修理により、少しずつ削られた為に附けられたと仮定すると、アンドレア アマティの1566年ヴァイオリンのようなフランス王シャルル9世(一五五〇~七四)に献納された金泥による装飾楽器は、初めから高価であったのであるから、不可抗力や下手な技術等によって少しずつ削られてしまうような修理屋に出された筈がないと思うのであるが、、





現代式のネックのボタン(半径約11ミリ)










A.STRADIVARI   CREMONESE 1715

ストラデヴァリのボタン(半径約9.3ミリのボタンの形を変えないまま、現代式のネックに差し替てある)





CREMONESE 1715

黒檀のリングを付けないまま現代式のネックに差し替えた時のカーブ
演奏上の観点からは、リングをつけてカーブを現代式にすべきであるが、芸術作品としてなるべくオリジナリティをより多く残す為にリングを付けない状態でネックが差し替えてある。








黒檀のリングを付けたボタン(Nicola AMATY Hammerle 1658)




黒檀のリングを付けて現代式のネックに差し替えた時のカーブ



  -注- クレモナ黄金期のヴァイオリンが製作の段階で現代の楽器よりボタンが小さかった事の証明として 『47 すべては正十角形より』の図における、ボタンのデザイン上の大きさを、参照してください。 

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39  ヴァイオリンは特別?

 ヴァイオリンほど、ニセモノやイカサマな楽器がある世界はない。
これは、中国製ヴァイオリンとストラデヴァリの楽器の間に、本質的な意味で大差ないのに、価格では数万円と数億円と言う途方もない違いがある事、昔から量産品に有名な製作者のラベルを当たり前のように周知の事として貼り、イメージアップして来た事からである。
また、上手な画家が名画を模写して本物として売れば罪に問われるが、この世界では、悪意な良く出来たコピーヴァイオリンが発覚しても凄い腕だと製作者がほめられる。
買い付け商人も、ブリュッセルでジルコンを買ってきてダイヤモンドとして売れば犯罪であるが、ヴァイオリンの場合、ニセモノを仕入れて売っても罪の意識もなく、転売してしまえば終りである。それだけに勉強不足な商人や、イイカゲンな商人も生きて行ける。
 そして、そんな商人が、儲かれば良いと言う考え方のもとに、お金の力でひどい楽器を買いあさる。
製作者も多くの注文が入ると、職人でいる事の大切さを忘れ、半完成品を使っているのに「心をこめた完全な手工品です」と言う顔をして売りまくる。
 アルベルト アインシュタインが述べているように、現代の最大の悪は、資本主義によってもたらされた道徳意識の麻痺である。




若い頃から習ったヴァイオリンを弾くアインシュタイン




音楽の素養があり、ヴァイオリンをアルベルトに習わせた母パウリ―ネ

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40  石工はハンマー、大工はこん棒

 西洋の木工ノミは、大形の物を別として、日本の仕上げノミ(突きノミや薄ノミなど)のように、柄の頭部に鉄製のリング(冠- かむり-)がない。
これは、日本の木工と違って、ノミを木製の大きな軟らかめのコン棒のような物で叩くからだ。
石工は岩を鏨の一瞬の衝撃(前断破壊)で岩を削る。 このため鋼鉄のハンマーが必要である。
木工用のノミは切り進まなくてはならないので衝撃よりもグッと押す感じの、重く軟らかい木槌で叩くのが合っている。
 重くてバランスが悪いが、どこの面でも叩けるコン棒の木槌(日本でも横槌と言い、鉈割りに使う事がある)は、素晴らしい日本の木工技術より、唯一、合理性がある様に思える。




西洋のノミと、冠が付く日本のノミ





どこの面でも叩けるコン棒の木槌(横槌)





石工が鏨で削るのに鉄のハンマーを使うのは、一瞬の衝撃で欠き削るためである。
(図は、インパクトをイメージしてデザインした物)






木をノミで削るには、グッと押す感じの軟らかい木槌で叩くような重く長い力が合っている。







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本(ヴァイオリンのF孔)の紹介

著者の弦楽器関係拙作フリーウェアプログラム+アルファ

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