DECAGON

HOME




ヴァイオリン作りの独り言


 

目次にもどる


1-10   11-20   21-30   31-40   41-50     



  
1  製作者と台数

2  鳴らない楽器

3  オールドの音がする

4  ニスと香水

5  弦楽器と人工処理

6  月と表板

7  樹脂と乳鉢

8  ヴァイオリンとクレモナ

9  豆腐とモツァレラ

10 鋸クズも銀









1  製作者と台数

 イタリアに来て数年した頃(1986)、ある初老のマエストロ(製作者の親方)と製作談義になった。音色の事で意見が喰い違った。私はその頃、今から考えるとオモチャみたいなシステムだったが8ビット機でフーリエ変換による倍音構成を調べるFFTプログラムを作ることに夢中になっていた。それがかなり有効な音を知る手段であると思っていた。マエストロは私に『100台 作ったら話そう』と言った。 私は台数なんて意味がないし、こんな逃げはないなと、不快に思った。
 そして、そのマエストロの言った3倍以上作った今、其の言葉が少し解ってきた。数がすべてではないが職人は数をこなすことが大切なのかもしれない。
 やっと弦楽器製作の入り口に来たような気がする。

今までに製作した弦楽器のF孔の切り取った部分を1つずつ取っておいた物
まだ数えた事はないが300個以上あると思う、一生で600個位残したい。

TOP





2  鳴らない楽器

 イタリア人の製作者とBAR(ワインを立ち飲みできる所)で話していた時に『お前はどんな楽器を求めて作っているのか?』と聞かれた。
 『私は鳴らない楽器を求めている』と言った。 彼はあきれ果てた顔をして、『何年イタリアにいるのか? イタリア語は(も)できないな!』と言った。
私は音叉の音響箱は440HZに固有振動数を合わせればよいが、弦楽器は固有の共鳴振動数を殺して、どの音高にも特別に共鳴しない箱を作ることが良い楽器を作る事ではないのか、ヴァイオリンの独特な形も固有振動数をなくして鳴らない箱にしているのではないのか、と滅茶苦茶なイタリア語で説明した。



The Savart Trapezoidal Violin (1817)

TOP






3  オールドの音がする

 ある著名な日本人の製作者と、これもまたBARで話をした時のことだが、その製作者は『俺の楽器はオールドと同じ音が出る』と言った。私は『出ないほうが良いのではないか?』と言った。彼は変な顔して、もう一度、『俺の楽器はオールドと同じ音が鳴る』と言った。
私はBARの主人に一番安い2年熟成物と10年物のブランデーを持ってきてもらった。私は彼に二つを飲み比べてもらった。彼は『やはり10年物は違うなー!』と言った。私は『違っていて良いのではないのか』と言った。
 新作の楽器がオールドと同じ音がするようなら、それは人工的な処理がしてあるのであり、2年物が10年物と同じ味がしたら気味が悪い。





色々な木材の樽に詰め10年以上も寝かせたモデナ特産バルサミコ酢の製造組合の証印
(購入にはこの証印のある瓶を!)




TOP





4  ニスと香水

 若い頃、調香師にあこがれて少し調香をかじったことがある。
作りたての香水は、どうしても香り同士(基調剤や調和剤、変調剤、揮発保留剤)が馴染んでいない。やはり冷暗所で半年は馴染むのに必要である。(企業では、人工的に電子レンジで使うのと同じ極超短波を当てて処理すると聞いている)
 アルコールニスも、作りたては塗り難く、ムラになり易い。老マエストロの二スが綺麗なのも腕が良いだけでなく、瓶の二スが塗り易くなっているからだ。
 寝かせるということはとても不思議な事である。


中世のアランビック蒸留器




1985年頃に買ったアランビック蒸留器
イタリアでは個人でエッセンスを採取するために、このような蒸留器がスーパーマーケットで売っていた。
エスプレッソのコーヒーメーカーで有名なGAGGIA社製

TOP





5  弦楽器と人工処理

 古美術の分野では、新しい材料を修復に使用する時に、古い物に近づける為に放射線処理、極超短波処理、薬品処理等するが、これらは美術品だからである。弦楽器においては、いかなる方法もなされないほうが良いと思う。放射線処理された物質は、照射された時点で古い物と似た性質をしめすが、その後の経年の劣化が加速される。極超短波処理の50年後の状態は知らないが、水ならともかく電子レンジに入れた食品の味の低下を考えた時に、恐ろしくなる。
 どんな新作楽器も50年経れば、50年の古さと音が出てくるのだし、人間は少しでも経年の劣化を遅くしようとしているのに、楽器だけ時の流れを加速する事はないだろう。





旧共産国製のガイガーカウンターと自作のガイガーカウンター
こんな物が一家に一台なんて言う時代にならないで欲しい
ガイガーカウンターの紹介


私の前高(前橋高校)の先輩で尊敬する『反原発の市民科学者』、
高木仁三郎のホームページ
ぜひ見てください!

TOP





6  月と表板

 弦楽器の表板にイタリアでは、アベーテ ロッソと言う木を使う。アベーテは樅の木の総称であり、ロッソは赤と言う意味である、またアベーテ ビアンコ(白)と言う木もあるがこれは年輪が広く、節が多くて楽器製作には向かない。
 これらの材木は、交通手段の発達していなかった時代は製材所まで、川を下らせる事になる。この川を下らせる事が木材の乾燥になる(丸太は水の中で涸れるのである)。このことを、東西を問わず世界の製材業者は昔から知っていたのである。
 しかし、ラテン民族が特に強く信じているのかも知れないが、もっと大切な要素がある。それは伐採の時期を月の満ち欠けで決める事である。月の欠ける時期(イタリア語でルナカランテと言い既望から朔まで-虧月-満月から新月まで)に切る事によって丸太の樹液を伐採の段階で減らすのである。これによりキクイムシも付き難くなる。
イタリア(欧州)では、葡萄の収穫、ワインの瓶詰めや、農家の施肥、種まき(これは、朔から望まで)も今だに、このカレンダーを守っている。散髪(英語圏の迷信にも、If you cut the hair in the new moon, it will grow better.がある) もこの時期にすると伸びが遅くて経済的である。(頭髪の薄さを感じた人は、新月から満月の間に散髪するとよいかも!)
 現代人には、少しロマンチック過ぎて信じ難いかもしれないが、太陽と月の引力の位置関係で地球上のすべての海水(海洋潮汐)や地面(地殻潮汐)が移動したり歳差が起きると考えたら、不思議ではないと思う。
 朔(1日)と望月(14-15日)で仕事を分けて出来る太陰暦も大きな意味がある。





年(黄道)や月(zodiac)や月の満ち欠け,すべて表わしているクレモナの塔の時計

拙作プログラム、クレモナ 時計(簡易月齢カレンダー附き)のダウンロードのページを見る

TOP





7  樹脂と乳鉢

 20年以上も昔の話であるが、若い製作者が私の仕事場に遊びに来た。私は二スを作る為に乳鉢で色々な樹脂を2時間もかけて粉にしていた。
彼曰く、『なんで電動コーヒーミルを使わないのですか、こんなの粉にするの1分ですよ!』
確かに彼の言うとおりである。特別に鉄気を嫌う樹脂でない限り、手にマメを作って乳鉢で擂るなんて現代人には向かないかもしれない。
 しかしこうしていると色々な樹脂の香りや、粘りが体に伝わってくる。同じ樹脂でも生産地が違うと香りや、粘りが違う。
彼はマスチックが粘っこいことを知識で持っていても、感触で知らないのである。
墨をするのと同じで、コーヒーミルでは味わえない静かな時間である。
 便利になると言う事は、物が解らなくなる事かもしれない。




絵は描かないが油絵の具(顔料に亜麻仁油や芥子油を混ぜて擂り棒で練り、空のチューブに入れるだけ)やパステルを作るのが趣味
不要な絵の具は貯まるが息抜きに最高である。



 今、私は二スの製作にも乳鉢でなく、このFIRENZEの400年以上の歴史を持つガラス職人の作った擂り棒と、大理石の板(上の写真は板ガラス)を使用している。
もしかしたら、これがニスにガラス質や、鉱物質の混入した17世紀の二スの秘密の一因かもしれない!...




 -注-
板ガラスを使用する時は、鉋の刃の裏押しに使う金剛砂を少し撒き、少量の水を加えて擂り棒で軽く擂り、曇りガラス状に目立てて使うと練りやすい。

TOP






8  ヴァイオリンとクレモナ

 多くの製作者や楽器商の人々が『クレモナの伝統的手法』、『クレモナの伝統を受け継ぐ製作者』とかクレモナを聖地のように使っているが、クレモナは、弦楽器製作と言う言葉が18世紀で楼蘭のようにまったく消え失せた町なのである。
 ところが20世紀にファシスタ政権のベニト ムッソリーニ(イタリアの独裁者は音楽の素養がありヴァイオリンを弾いたのだ!)が、イタリア賛美のもとにストラデヴァリ没後200年祭の翌年、1938年に無理やり弦楽器製作学校をクレモナに設立したのである。
現代のクレモナの名マエストロたちも、たかだか40年前にクレモナの製作学校で、17~18世紀の製作法をあまり理解していないモダンイタリーの製作者に学んだだけなのである。日本の輪島塗は室町時代の応永年間から受け継がれている。クレモナには確かに歴史はあったが、伝統はまったくないのである。
 そして残念な事にムッソリーニの作った製作学校は、17世紀の職人たちの真髄をまったく理解できていない不知な教官たちによって、多くのクレモナ弦楽器製作者集団を生み出してしまった。
そして、その何割かの製作者は、何の疑問や罪の意識なしに半完成品や中国製の二スを塗っていない白木楽器を使用して自作のクレモナ手工ヴァイオリンとして素知らぬ顔をして売っている。
現代の弦楽器にとってクレモナと言う言葉は、まったく意味のない事で、これを頼りに弦楽器を選択しては、後悔することになる。 真のクレモナの意味を理解していない製作者ほど、クレモナと言う冠を其処ら中にかぶせたがり、消費者もこれに陶酔する。
 伝統工芸をだめにするのは職人だけのせいではない、商人や消費者の責任もある。




クレモナ製作学校創立当時の学生を教えるマエストロ、カルロ スキャアビ教諭
1943年にコンテとインパロメ二の2人が初めてのクレモナ製作学校の卒業生となる。


 


手工ヴァイオリンの証??



裏板のC部の切り取り部分(木目が揃っている)

半完成品や中国製の白木楽器を使っていない事の証のためと言うより職人の遊びとして、注文製作の時は、2001年より、この部分を柄にした銀製のペーパーナイフを作って
楽器の購入者にプレゼントしている。




TOP





9  豆腐とモツァレラ


 弓製作の学校に通っていた時のことである。
今日から銀板に毛彫りする授業が始まる事になった。私は日本で少し彫金を習った事があるので、わくわくして日本から持ってきた沢山の鏨とおたふくと言う金槌を持って学校にいった。
 ところが学校で与えられた物は、金属板を張り付けるヤニ台としてコーンアイスみたいな物と柄のついた西洋式の鏨だった。西洋の毛彫りとして散弾銃や懐中時計によく彫ってある物であり、知ってはいたが少し不安になった。
渦を彫り始めた。まあ上手く行くと思っていたが、なかなか上手く行かない、どうしても日本的な直線の連結になってしまう。ふと周りを見渡すとみんな上手なのである。私は唖然として良く見ると、雑巾を絞るように右手と左手が連動して綺麗な円弧が彫れているのである。私は金属板の付いたコーンアイスみたいな物を左手でしっかり固定しないと出来ない。彼らの綺麗な曲線がだせない。
やはり、障子で仕切られた畳の部屋のコタツの上で着物を着て豆腐を食べながら折り紙を折っていた日本人である私の線と彼らの曲線は、少し違う。
 形だけは、2,3年で真似はできるだろうが、感覚として身に付けるには20年はかかるだろうなとモツァレラを食べながら思った。



弓の銀チップにした毛彫りと西洋の鏨(坂井克則作)







CAMPANA州のバッファロー(水牛)の乳で作った本物のモツァレラと証印
(イタリアでモツァレラを食べる時は、パッケージにこの証印のあるものを!)




TOP








10  鋸クズも銀


 これも弓製作の学校に通っていた時のことであるが、フロッグを作るために銀板を糸鋸で挽く作業が始まった、私は、皆の作業台の下に新聞紙を敷き、鋸クズを集めた。はじめは、日本人は廃品回収がすきだな!と皆な笑っていた。しかし年度末に20グラム近い鋸クズをルツボで熔かしてインゴットにした。このインゴットを見た一部の学生は、次の年から自分で紙を敷いたので、私の回収量は、激減した。
 弓作りは、木工職人として始めるためか、金細工の職人としての感覚が教え込まれる事が少ない。作業台も金細工の職人のものは、台の下に鋸クズ、やすり粉回収用の専用の引き出しが付く。
 天然の資源は、お金を出して買ったからと言って、本人が粗末にして良い物ではない。貴金属などの天然資源の所有権は、あくまでも自然界(地球)にあり、人間は、お金を払って一時的に借りているだけであるような気がする。



イタリアの金細工職人の作業台





18世紀の金細工職人の作業台
鋸クズ、やすり粉回収用の皮袋の付いた作業台が採光のために窓に並ぶ

また、床が非常に興味深い
床までもが、やすり粉や小部品を捕らえ散乱を防ぐ為の障子状のスノコを持つ







現代のイタリアの金細工職人用の床材
樹脂で出来た50CM角のスノコで、つなぎ合わせて敷く事ができる

残念な事にクレモナのヴァイオリン製作の分野において、伝統は死んでしまっているが、
イタリアの金細工職人の世界には、床材までにも伝統が生きている




TOP



目次にもどる

1-10  11-20  21-30  31-40  41-50     







独断と偏見に満ちていますが、独り言と思ってお許しください。また間違いの点や御意見がございましたならば、下記まで

E-MAIL を送る







本(ヴァイオリンのF孔)の紹介

著者の弦楽器関係拙作フリーウェアプログラム+アルファ

ヴァイオリンを選ぶ時



HOME