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ヴァイオリンのサウンドホールはなぜf字

副題 「f字孔にロマンはない」


 

 ヴァイオリンのf字孔に関して、レオナルド・ダ・ビンチ(1452~1519)がミラノのスフォルツァ家のフランチェスコⅠ世に謁見してヴァイオリンの前身と言われるリラ・ダ・ブラチョを演奏したとき敬意の意味でフランチェスコⅠ世の頭文字fを楽器に付けたとか、リラ・ダ・ブラチョ自体が女性を表すので、女性(Femina)を表すf字孔を付けたとかのように、ロマンや蘊蓄にあふれている。


私は、拙著「ヴァイオリンのF孔」の中でも、あえてヴァイオリンになぜf孔が付くのかと言う、出発点とも思える疑問を避けてきた。

何故ならば、非常に幾何学的にデザインされたサウンドホール(音響孔)が、たまたまf字に見えるだけであるからである。一般に、英語ではf字孔とは言わず、サウンドホール(音響孔)と言う。



 ヴァイオリン製作はクレモナの黄金期以降、現代まで基本的に総てが模作でしかないのである。
此の為、外見上の辻褄合わせが主であり、根底に流れるデザインの素晴らしさが、全く理解や認識されないで来た。



残念な事に、現代を含め、クレモナの黄金期以降の総ての製作者は、f字の形に切り抜いた型紙を当て転写してサウンドホールを切り抜いている。




f字孔の型紙の切り欠きを、195mmの駒が立つbody stopに合わせて中心線で左右に振ることで線対称になる





f字の形に切り抜いた型紙を当ててサウンドホールを転写して切り抜くので、上部、下部の二つの円孔の位置を意識できない

ヴァイオリンの大きさに関係なく上部の円孔間を約42㎜に取る

また、この手法は中心線で型紙を左右に振ると言う、左右対称を重んじる模作から来ている









18世紀のf字孔の型紙









始めに上部、下部の二つの円孔を開けてから、f字孔を切り開ける手法









現代を含め、クレモナの黄金期以降の総ての製作者は、上部、下部の二つの円孔の真の位置を知る事なく、
f字の形に切り抜いた型紙を当て転写してサウンドホールを切り抜いている。

この手法からは、上部、下部の二つの円孔の素晴らしさは理解できない
現代のクレモナの製作技法が、クレモナの黄金期の発想や技法と、いかに程遠いかを表している

極端に言うと、このf字の型紙を使うと言う手法からは、何年ヴァイオリン製作に携わろうが、ヴァイオリンらしき物ができるだけで真のヴァイオリンは作れない、
但し、二つの製作法から来るヴァイオリンの差は、表面的には、ほとんど同じだが、、、しかし内面に、、、

尚、上の画像の様に、黄金期のクレモナの製作技法において、f字孔を切り抜く前にパフリング(縁に入る黒い二本線の象嵌)が入る事はない
故Gio Batta MORASSIの流れを汲むMORASSI派には理解できないと思うが、、、

日本人の製作者や楽器商が、故Gio Batta MORASSIをクレモナの伝統を受け継ぐ巨匠と称賛することが、真のヴァイオリン製作を見失わせている


≪ 画像は、「菊田ヴァイオリン工房」様のヴァイオリン製作工程のご紹介より転載させていただきました ≫




このf字の型紙から写し取って切り抜く手法に関して、「菊田ヴァイオリン工房」様がYou Tubeに動画をアップしていらしゃいますので、リンクを貼っておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=2caw5-NgeXA&list=PLSgxHjFy1g9fHQAb2kjtbbEum3jlytljX&index=47
上のYou Tubeの動画では、
f字孔の型紙の切り欠きを、195mmの駒が立つbody stopに合わせて、中心線で左右に振り、上部の円孔間を約42㎜に取ることで線対称にしている。







 私は、自身の考える内接正十角形を使った、ヴァイオリンの幾何学的な素晴らしさが解ければ解けるほど、f字孔にストーリー性を求める事への無意味さを感じてしまった。



 ヴァイオリンのサウンドホールにおいて、最も重要なのは、中心線ではなく輪郭から求めた、上下部の二つの円孔なのである。



上部下部の二つの円孔の位置が重要

尚、縁に入るパフリングは、このf字孔を開ける段階では象嵌していない。









ストラディヴァリが、上部、下部の二つの円孔の中心点を求めた図









上部、下部の二つの円孔の傾斜に関係なく使える、ストラディヴァリの上部、下部の二つの円孔を繋ぐスーパー型紙







 上部の円孔の縦位置は、上部最大幅と同値であり、この上部最大幅は楽器の全長に内接する正五角形の一辺である下部最大幅の1.618倍(黄金比)の半分である。



上部の円孔の縦位置は、上部最大幅と同値の0.475であり、
この上部最大幅は楽器の全長に内接する正五角形の一辺である下部最大幅0.587の1.618倍(黄金比)の1/2である。

全長(1)×0.587×1.618÷2=0.475



 上部の円孔の横位置は、全長に内接する正十角形の一辺0.309の中央部最小幅の半分を黄金分割する点を中心点とするか、または接点とするかである。



即ち、上部の円孔の間隔は、中央部最小幅を1とすると、0.382である

全長を1とすると、
全長(1)×0.309×〔1-(0.309×2)〕=0.118
全長を356mmとすると 356×0.118=42mmである  

画像は、接点である










上部のコーナー下カーブの二つの中心の位置も、全長を1とすると、間隔は0.382である
素晴らしい比率の連鎖が見られる









また、この間隔は、渦巻きの幅でもある









そして、この間隔は、指板の下幅、駒の足幅、そして尾止め板の幅でもある






 次に、下部の円孔の縦位置を考えてみる、

下部の円孔の縦位置は、全長に内接する正十角形の一辺0.309の中央部最小幅の2倍である。




即ち、0.618は全長に対して黄金比である。

全長に内接する正十角形の一辺0.309は、半径に対して黄金比である。

全長(1)×(0.309×2)=0.618


上図での注目点として、上部から0.309の位置に、上部コーナー上カーブの中心点がある。
私が、下部円孔の縦位置を全長(1)×0.618としないで、全長(1)×(0.309×2)=0.618とする理由でもある。

上部から0.309の位置については、
ストラディヴァリの内枠に見る秘密が求められる動画を参照ください。







下部の円孔の横位置は、0.309の中央部最小幅を中心点とするか、または接点とするかである。





画像は、接点である

全長(1)×0.309=0.309







 ここで興味深いことは、上部、下部の円孔の横位置で、基準線に対して中心点とするか、または接点とするかである。

二コロ・アマティ及び、アンドレア・グァルネリや二コロ・アマティを尊敬したバルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ「通称 Guarneri del Jesu 1698~1744」は、上部、下部の円孔の横位置で、基準線上に各円弧の中心点を取っている。

此の為に上部の円孔間がストラディヴァリより上部の円孔の直径分、約6mm狭くなる。  いや、ストラディヴァリがアマティ派から抜け出る為に、基準線を外し円孔を接線で取るように変えたと言う方が正しいのだが。





アマティ派は、上部、下部の円孔の横位置で、基準線上に各円弧の中心点を取る











ストラディヴァリは、上部、下部の円孔の横位置で、基準線を各円弧の接線に取り、横に広げた。




上図の詳細は、
内接正十角形の1辺の円弧を、たった4回、描くのみでF孔の上下の円孔が求められる動画を参照ください。





  クレモナの黄金期の製作者たち





製作者関係説明図  拙著「ヴァイオリンと黄金分割」より





 また、上記の円孔の取り方により、上部の円孔間と同値の「渦巻きの幅」にも、両者の違いが出る。

二コロ・アマティやアンドレア・グァルネリの本体や渦巻きが繊細に見え、左右の円孔間が幅広となるストラディヴァリの本体や渦巻きが力強く見えるのは、此の為である。





 では、本題の「f字孔にロマンはない、サウンドホールが、たまたまf字に見えるだけである」という事について言及してみたい。

サウンドホールをデザインするにあたって主に重要な3つの要素が有る。



1 上部、下部の円孔の形より多く残す事

2 表板の強度の為に、駒の足の当たる部分をより多く残す事

3 サウンドホーの切り欠き部分は、振動や強度の為に上部、下部の円孔の横位置で可能な限り中間部に位置させる事




  (1)の円孔の形をより多く残す事とは、より円孔の形をデザイン上に反映させられるかである。





約210度(7π/6ラジアン)の円弧が生きている

画像は、拙著「ヴァイオリンのF孔」より
二コロ・アマティのヴァイオリン1658年を、トレースではなく1つの作図法により再現した図

180度(πラジアン)以下では、円孔と言う印象が薄れ、単なる半月と成ってしまう









約270度(3π/2ラジアン)の円弧が生きている

画像は、拙著「ヴァイオリンのF孔」より
ストラディヴァリのヴァイオリンCREMONESE 1715を、トレースではなく1つの作図法により再現した図

ストラディヴァリは、より多くの円弧を残す事で、円孔であると言う印象を残すデザインをしたと思われる







  (2)の表板の強度の為に、駒の足の当たる部分をより多く残す事とは、切り欠きの部分を駒の足からより遠ざけるデザインをする事である。





切り欠きの部分を駒の足からより遠ざけ、左右のf字孔間の面積を確保することである

図はストラディヴァリの、ヴァイオリンTOSCAN 1690を、トレースではなく1つの作図法により再現したもの







 では、アマティ派の基準線上に円孔の中心を取るか、ストラディヴァリの様に基準線を接線と取るかの違いを見てみたい。



二コロ・アマティのヴァイオリン1658の基準線上に円孔の中心を取った例、左右の切り欠き間は、約70㎜となる。









 左右の切り欠き間の計算値は、


353(全長)×0.118=41.654   上部の円孔の中心点間   (写真集CREMONA LIUTERIA E MUSICAの計測値は44㎜)

353(全長)×0.309=109.077   下部の円孔の中心点間   (写真集CREMONA LIUTERIA E MUSICAの計測値は110㎜)

(41.654+109.077)÷2-3.1(f孔中央部の半分)=72.265   左右の切り欠きの間隔






ストラディヴァリのヴァイオリンCREMONESE 1715の、基準線を接線に取った例、左右の切り欠き間は、約76㎜となる。







 左右の切り欠き間の計算値は、


356(全長)×0.118=42   上部の円孔の間隔    (写真集CREMONA LIUTERIA E MUSICAの計測値は49-6.2(上部円孔の直径)=42.8㎜)

356(全長)×0.309=110  下部の円孔の間隔    (写真集CREMONA LIUTERIA E MUSICAの計測値は122-9.4(下部円孔の直径)=112.6㎜)  

(42+110)÷2=76    左右の切り欠きの間隔     接線で求めたので3.1(f孔中央部の半分)は引かない






f孔の位置を、外廓から求めるので、右のf孔の傾斜が緩くなると、左のf孔はより立つことになる

中心線からでなく、外形よりf孔の位置を求める事に因り、左右のf孔の傾斜に反比例があり、左右のf孔間を一定に保てる





 ヴァイオリンの中の調和のある非対称や歪に関しては、下記のページを参考してください。

ストラディヴァリは、ヴァイオリンを故意に歪ませた
副題「ヴァイオリンの原点は、ジパングのゆがんだ真珠?」


ストラディヴァリ、グァルネリの死後ヴァイオリンは作られていない
副題  『ヴァイオリンと能面の中の非対称』


拙著(ヴァイオリンのF孔)の紹介



 ストラディヴァリが、基準線を円孔の接線に取って左右のf字孔で作られる面積を広げたのは、

単にデザインの面でアマティ派を抜け出ようとしたと言うよりは、音響学的見地から、駒の足の当たる部分の強化と面積の確保と言う考えが有ったと思われる。






  (3)のサウンドホーの切り欠き部分は、振動や強度の為に上部、下部の円孔の横位置で可能な限り中間部に位置させる事とは、







太さ約6㎜の魂柱を本体の中に入れる為に、約6.2㎜以上の開口部が必要であり、可能な限り中間部に位置させる事が求められる。
(切り欠きの開口部が6㎜以下の楽器の場合は、魂柱を本体の中に入れるにあたって、下の円孔やエンドピンの穴から入れると言う手法もあるが、
一般には実務面で切り欠きのある部分から入れて立てる)






上図の点Pと点Fの位置に注目してもらいたい。点Fも素晴らしい正五角形を使った作図法が生きている

画像は、拙著「ヴァイオリンのF孔」より





円孔からの分岐(点T1)が遅く半径が大きい為に、不連続な角(点D)が作られる

画像は、拙著「ヴァイオリンのF孔」より


バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ「通称 Guarneri del Jesu」は,敢えて「破調の美学」で不連続な角を作ったのか!!





また、両者の内側と外側の切り欠きで作られる段差(傾斜)にも、大きな違いが観られる。



アマティ派は、切り欠きの段差を、上下の円孔の中心点より求めている
この事からも、彼らが円孔の中心点を重要視していた事がうかがわれる
二コロ・アマティのヴァイオリン1658年








初期のストラディヴァリは、アマティ派の手法を残して、切り欠きの段差を、上下の円孔の中心点より求めている
この事が、初期のストラディヴァリがアマティ派的と言われる1つの理由でもある
ストラディヴァリ-TOSCAN 1690








円熟期のストラディヴァリは、f孔の最上点と最下点より切り欠きの段差を求めている
この事から、アマティ派の影響から抜け出て、切り欠きの段差が少なく、より緩やかになる
ストラディヴァリ-CREMONESE 1715










 また、ブレッシャ派の初期製作者、ガスパロ・ダ・サロ(1540-1604)は、キリカキを上、下部の円の中心から交点が出来ないほど短く等距離に求めた為に、
外側のキリカキの位置が、内側のキリカキより下に来る                   




 尚、すべての図は、トレースではなく1つの作図法により再現したもの。

拙著「ヴァイオリンのF孔」に掲載した、現存の楽器からのトレースではない、ANDREA AMATI、NICOLO AMATI、ANTONIO STRADIVARI等のF孔の作図(CAD ファイル 拡張子、DXF)を公開。
PC定規5などのフリーソフトウェアをインストールすれば、CADファイルとして読み込み、印刷できます。






 歴史の中で色々なストーリーが有るが、以上の3点を加味すると、必然的にf字の形をしたサウンドホールに落ち着くのである。



実際の表板での、上部、下部の二つの円孔の取り方については、次回に説明いたします。

 



 「残念な事に、現代を含め、クレモナの黄金期以降の総ての製作者は、f字の形に切り抜いた型紙を当て転写してサウンドホールを切り抜いている」
この手法に関して、佐々木ヴァイオリン製作工房様がYou Tubeに動画をアップしていらしゃいますので、リンクを貼っておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=K8SZ0y522dY



 
世界のヴァイオリン製作者も、そろそろ「f字の形に切り抜いた型紙を使う手法」から、抜け出ても良いと思うのだが、、。
永遠に頂点で存在する事を望んだストラディヴァリは、自分以降の製作者が源を知る事無く、f字の型紙の固着に、ほくそ笑んでいるかもしれない。






拙著「ヴァイオリンのF孔」の『はじめに』PDF



  ヴァイオリンの中の調和のある非対称に関しては

ストラディヴァリ、グァルネリの死後 ヴァイオリンは作られていない
副題『ヴァイオリンと能面の中の非対称』

ストラディヴァリは、ヴァイオリンを故意に歪ませた
副題「ヴァイオリンの原点は、ジパングのゆがんだ真珠?」




  また、「現代のクレモナの製作技法が、クレモナの黄金期の発想や技法と、いかに程遠いかを表している」に関しては、

ヴァイオリンを選ぶ時
AMATI や STRADに肩を並べることが出来る楽器の必要条件  


  を参照ください。






  





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