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Golden castle株式会社製のチェス駒

副題 「指宿の薩摩柘植と日本の職人の技」


 

 私は将棋に反感を抱いている。

何故ならば。子供のころ、父と指していつも負けていたからである。

才能のある子供なら父を超えていたであろうが、私には才能も根性もなかった。


そこで一度だけでも勝って父の負けた顔を見たいと、思いついたのが西洋将棋、チェスであった。何度も指せば負けるだろうが、初回はチェス独特のルールを知らない父に勝てると思った。

その初回勝利の為に、何冊かのチェスの本を夢中で読んだ。


 そして将棋と大きな違いを感じたのは、持ち駒を打てないと言う事と、王の入城、そして女王(クイーン)がキングの守りとして居る事である。
チェスで、持ち駒を打てないというのは、白と黒(有色)に分かれているという視覚的要素もあると思うが、、。



 戦後,GHQが日本の近代化の一環として、将棋の持ち駒を打つ事を、敵の捕虜を無理やり同士討ちさせる虐待として将棋を禁止しようとしたところ、升田幸三という棋士が「持ち駒を打つ事こそ優秀な人材の再利用であり、生かすことである、チェスは取った駒を殺している」、また「チェスは危機の時には女王クイーン(女性)を盾にしてキングは逃げまくり単なる盾でしかなく西洋の男女平等、女性解放に反している」と説得した経緯があると言われている。

チェスは男女同権以上に女性上位なのである。キングは看板であり戦闘能力はほとんどなく逃げるだけなのである。

クイーン(女将)は、最高の戦闘能力を持ち最大の支配者なのである。

クイーンがいること自体、欧米的なのであるかもしれない。


 そして、イタリアに40年以上住んで感じた事の一つに、警官、軍人、警備員たちの宣誓への重要性があると思った。
勿論、日本にも公務員の宣誓はあるが、法的な意味合いが強く、欧米の治安維持の為に働く人間の宣誓は神に対してであり、精神面を重要視している気がする。

敵の捕虜になっても絶対に見方を裏切らない。これが基本に在るのではないだろうか?

日本の戦国時代以上に西欧では、寝返りが当たり前だったからこそ、神のもとに誓わせると言うことが意味を持ったのかもしれない。

将棋では、持ち駒は指すではなく、打つという様に、寝返りした敵兵を盤上に放り込むのである。



 また、一般に、チェスに興味を持つようになると、駒の収集にも目覚める。

チェスの駒は、立体的で、材質も木、石、金属、象牙、ガラス、合成樹脂等があり多様である。

そしてキングの大きさが2インチから4インチ(5㎝から10㎝)位まであり、公式戦用も非常に大きく、立体的であるが故に傷みやすい。 投了時にキングを倒す事もあるようだ。

映画、007の「ロシアより愛をこめて」の最初のシーンでも、チェコスロヴァキアの選手にカナダの選手がチェックメイトと詰められてキングを倒している。 投了をキングを倒す事で示すようだ。


私も、学生時代に少なからず収集に夢中になった。 その収集品の中に、未使用のGolden castle 株式会社製のスタウトン型のチェス駒が4セットある。

1969年の浪人時代に、骨董屋の小さなショーウインドウに素晴らしい駒を発見した。
骨董屋に入るような齢ではなかったが、チェス駒に誘われて入ってしまった。

確かな値段は覚えてないが、仕送り2か月分で買えるなと思った。
1回、1セットずつ、4セット買ってしまった。



 Golden castle 株式会社と言うのは、終戦の1945年に創立された東京のチェス駒の製作会社であると言われている。

この駒はアメリカへの輸出が主で、最高級の指宿産薩摩柘植で作られ、底にはビリヤード台用の高品質のグリーンのフェルト(ラシャ)が貼ってあり、黒い駒は、着色に黒漆が使われ、ケースは楢材である。

1946年から1952年にかけて製造された駒箱の裏ラベルには、Made in Occupied Japan (占領下の日本製)と言う表記がGHQの指導によりされている。





1952年以降の製品にも、在庫のMade in Occupied Japan(占領下の日本製)と印刷したラベルを使用した為に、Occupiedを横線で消している。
一部の製品には、製作責任者のサインが入る。








 在庫のMade in Occupied Japanのラベルが終了すると、新しい版を作らず、元の版からOccupiedの活字を削って使用していた。 何故、新版にしないで、削って空白にしたのか? 占領下の時代があったと言う事を意識し続ける為に、あえて削って使ったのか? 流石に、中期以降は新しい版、Made in Japanを使用している。  

                      

Golden castle 社は、米国チェス連盟が発行する公式雑誌Chess Life とChess Reviewに宣伝広告を載せている。

Chess Reviewの1961年の4月、5月、6月、10月、12月号に掲載された広告を見ると、クラフトマンと言うシリーズで、キングが3インチ半(約8.9cm)のチェス駒セットが、定価35ドルである。



1961年の広告
https://new.uschess.org/chess-life-digital-archives
Chess Reviewのarchives






1949年以降はGHQが1ドル=360円と固定為替にしたので、35ドルは12600円と言うことになる。
1961年の平均大卒初任給が15700円であったと言われている事を考えると、日本人が購入するには大変高価なチェス駒であったと思われる。



 1960年代には、その日本の職人による最高の品質と美しさから、米国チェス連盟の競技会の優勝者の記念品となる。

そして、米国チェス連盟から会員のためにも多くの注文を受けるのであるが、妬みを買ったのか、西欧柘植を使ったチェス駒の主要生産地でもあったフランスの会社から、Golden castle 社の駒に歪が出たと言うクレームが付き、米国チェス連盟から総ての注文がキャンセルされてしまう。



フランスには伝統的に西欧柘植を使った細工物がある。



ヴァイオリンの糸巻きや尾止め板に西欧柘植を使ったフランス製の高級品
オールドヴァイオリンには、伝統的に黒檀やローズウッドではなく柘植材の糸巻きや尾止め板を付ける。
中世において黒檀等の南洋材は、輸入品として西欧の柘植より高価であり、硬く密度の高い黒檀は糸巻きの穴を傷めやすいと言う理由があると思われる。



主要な販売先を失ったGolden castle 株式会社は1970年代の初頭に倒産し、約25年の歴史を閉じてしまう。

私の個人的考えでは、Golden castle 株式会社は戦後の創業と言われるが、戦前にイギリスの駒製作会社の下請けを営んでいたのではないかと思う。

何故ならば、この高品質の駒が戦後の日本でゼロから作ることが出来ただろうかと言う事と、これらのGolden castle 社のチェス駒は1900年代初頭に作られた有名なジャック・マーシャルのチェス駒をほぼ正確に復元していると言われることからである。

チェス駒は、キングからポーン(歩)までの大きさの比率と、各駒のプロポーションが大切であるが、複製とは言え、Golden castle 社の製品はジャック・マーシャルのチェス駒を超えている様にも見える。



    Golden castle 株式会社は、  

戦前の安い下請、

戦時下の敵国品としての生産中止、

敗戦による販売好機、

GHQの司令官たちによる好評と需要(チェスは司令官の作戦の力量と繋がる)、

米国での適正価格や高品質による成功、

日本製品の人気に対する西欧の妬み、

そして理不尽な倒産と言う、大戦の歴史でもあるような気がする。



Golden castle 社の商品価格の面白い点の一つとして、中期以降に発売された最も大きい、キングが4インチ、約10.2㎝、定価45ドルの蟻溝のスライド式蓋の駒箱に入るグランドマスターより、キングが3インチ半、約8.9cmのクラフトマンと言う小さい駒の方が、鍵の掛る駒箱に入り定価50ドルと高価であったと言うことである。



これは、「大切な物には権威の象徴として鍵を掛ける」と言う歴史ある西欧的考えからか鍵付きの駒箱にした事や、小さい駒ほど細工が大変である事からであると思われる。

また、この時代の自動車と同じく「大きい物が好きな米国人」の購買意欲を意識しての大きい駒を安くすると言う価格設定だったのかもしれない。

そして、日本人なら、どんなに高価な将棋の駒でも鍵の掛る駒箱で保存する事は無いと思う。



 また、チェス駒は高さがあるので底の部分に鉛や錫等の重りが入り、これがチェス駒を持った時の微妙なバランスに関係している。

キングが4インチの最も大きいグランドマスターは、大きい割に重りが少々軽すぎで、キングが3インチ半のクラフトマンの方が、重量感や安定感が有ると言われている。

これは、両者に同じ重りを使用した事に因るのかもしれない。



 米国では、現在もGolden castle 社のチェス駒は、収集家の間で知名度が高く、幻の駒として、稀にオークションに出品されることがあるが、現代の日本ではGolden castle 社のチェス駒が製作されていた事自体あまり知られていない。



https://worldchesshof.org/exhibit/staunton-standard-evolution-modern-chess-set
世界チェス殿堂のアンチーク展示会に展示されたクラフトマン



 



 印鑑や櫛や将棋の駒作りの様に、素晴らしい指宿産薩摩柘植と漆の良さを活かした日本の職人の高度な技による、世界有数のチェス駒の製作会社が戦後の日本に有ったと言う事を、伝えたかった。



私の50年以上前に買ったGolden castle 社のチェス駒

  

                      



日本人の好む、桐箱に入る「The Master」、非常に小ぶりである。
外国のオークション等では見られず、このサイズは、日本の住宅事情や将棋盤の大きさを意識して、国内向けに生産したのではないかと思われる   

                      


  

                      



未使用のキングが3インチ半と、3インチの「The Master」2種  

                      


  

                      



これも未使用でオリジナルの紙に包まれた漆塗りケースに入る「The Artisan」, 材料、加工共に最高品質である   

                      



   補足


 Golden castle 社のチェス駒は、5種のカテゴリーが有り、トラベルセットの「ミカド」以外は各カテゴリーに幾つかの異なるサイズが有ったとされています。

 1「クラフトマン 工芸人」は、3インチ半のキングを持つ主力製品でした。ナチュラルとブラックラッカー仕上げでした。 鍵付きの駒箱に入っていました。

 2「グランドマスター 偉大な主君」(後に「マスター」と呼ばれる)は、4インチのキングを持つ最大のものから小ぶりの駒までありました。 ナチュラルとブラックラッカー仕上げで、スライド式蓋の駒箱にはいっていました。

 3 「アーテザン 職人」は3インチのキング、ナチュラルとブラックラッカーを塗っており、駒は非常に芸術的な彫りが為されています。1つのユニークな特徴は、キングサイドとクイーンサイドの騎士が異なっていたことです。1体は頭を下向きにし、もう1体はより伝統的な姿勢をとっていました。

 4 「ノーベルマン 貴族」(名前は未確認)は、3-1/4インチのキング、ナチュラル、ブラックラッカーを塗ったもので、「クラフトマン」の小型版でした。見事な楕円形の木製の蟻溝のついた箱に収められ、蓋には騎士が浮き彫りに彫られていました。 作品は、非常に少数であったと言われています。

 5 「ミカド 帝」は、ブルーのベルベットケースに収められたトラベルセットで、ナチュラルと車中等の薄暗い中でも認識し易い赤のラッカー仕上げのスタントンチェスマンの高品質の駒でした。







 

拙著「ヴァイオリンのF孔」の『はじめに』PDF





  ヴァイオリンの中の調和のある非対称に関しては

ストラディヴァリ、グァルネリの死後 ヴァイオリンは作られていない
副題『ヴァイオリンと能面の中の非対称』

ストラディヴァリは、ヴァイオリンを故意に歪ませた
副題「ヴァイオリンの原点は、ジパングのゆがんだ真珠?」




  また、「現代のクレモナのそれらと全く異なると言うよりも正反対である事」に関しては、

ヴァイオリンを選ぶ時
AMATI や STRADに肩を並べることが出来る楽器の必要条件  


  を参照ください。






  





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ヴァイオリンを選ぶ時

ストラディヴァリの内枠に見る絡繰Ⅰ

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